亡國の孤城Ⅱ ~デイファレト・無人の玉座~

食いたい、食らいたい、腹を満たしたい、という本能の欲。
満たされることの無い不毛な、ただそれだけの欲求に従って、ヨルンは半透明の実体の無い巨体を再度起こした。

むくりと頭を上げた大蛇の虚ろな目玉に、吹雪の混じる夜の闇が映る。無機質で、単調で、それでいて妙に落ち着くこの黒一色の雪景色。黒だけの世界。

……だがそこは、今は違う風景があった。


ヨルンの唸りが更に低く、更に警戒心を増していく。そんな大蛇の視線の先は、やはり漆黒だけがあったが………異質な黒が一点、黒の中に混在していた。

それは、大蛇である己の巨体よりも遥かに小さい。自分の正面に佇むそれは、道端の小石の様に弱く儚げで、しかし紅一点の様に映える存在だった。空腹だけが占拠していたヨルンの頭に、縄張りに入り込んできた侵入者に向ける、獣の敵意が沸々と湧きおこる。

とぐろを巻きながら、現れた邪魔者にヨルンは身構えた。対する敵は、ピクリとも動かない。ただヨルンをじっと凝視し、時折目を細めるばかりで…。
……軽く威嚇をすれば、その黒い邪魔者はやれやれと言わんばかりに腰を上げた。


闇に孤立する黒い猫が、静かに笑った様に見えて、ヨルンは怒気を露わにした。



嘲笑する黒豹…トゥラは、長い尾をゆらりと振り、全身に闇を纏い始めた。
対峙する大小二つのシルエット。目下で不敵に笑う子猫同然の獣を睨んでいた大蛇の目は、不意にその後ろに注がれた。

吹雪の音色とは違う、その異質な物音と気配。
トゥラも同様に、背後に視線を送った。
我が道を隔てる邪魔物がこの黒豹の他にもまだいるのか。忌ま忌ましいとでも言うかの様な、大蛇の敵意に満ちた目は。


………視界のその先で微笑む“邪魔物”を捉えた途端、微かに、揺らいだ。







「―――あら、ヨルン…大きくなっちゃって……嬉しいわぁ…」

古びた車椅子の車輪が、キリキリと老いた音色を奏でる。少女の面影を残す老婆のイーオの姿は、ヨルンの狂気の足を止めた。
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