亡國の孤城Ⅱ ~デイファレト・無人の玉座~
あっという間に視界から消えてしまった白く幼い背中は、まるで空の彼方へと飛び立つ小鳥の様だ、とローアンは思った。
小さいがやけに研ぎ澄まされた殺気は、もう何処にも感じられない。
子供の足跡だけが残った針葉樹林の影から、闇を纏わせた真っ黒な獣がこちらに駆け寄ってきた。
足元に擦り寄ってきたその大きな猫の頭を、ローアンはそっと撫でた。
「………いい子だ、トゥラ」
ジンと同様、ローアンの護衛としてついて来たトゥラ。寡黙なトゥラは、ローアンが呼ばない限り普段あまり姿を見せないが、いざという時は頼れる護衛だ。
………出遅れたジンの恨めしげな視線がトゥラに注がれているが、トゥラは知ってか知らずか、完全無視だ。
魔獣に冷たくあしらわれているそんなジンは、ふとローアンに視線を移し、じっと凝視してきた。
「………陛下………………御目が……」
目が……と、ローアンの赤く染まった瞳に気が付いたジンは、呟いた。
ローアンは両目を瞑り、苦笑混じりに答える。
「………いかんな…。………身の危険を感じると、どうも勝手に“白の魔術”が発動しようとする様だ。………扱いこなせていない証拠だ………情けない」
そう言って見開いたローアンの両眼は、あの鮮血の如き赤は何処へ行ったのか、今は元のスカイブルーに戻っていた。
「そんな事よりも………」
不思議そうにこちらを見上げるトゥラをもう一撫でし、ローアンは顔を上げた。
「………何か、勘違いされている様だな。………さっきの狩人の子供は何だ…」
逃げていたのかと思えば、いつの間にか隠れていた狩人の少年。彼がこちらに向けていたのは、明らかに殺気だった。