駆け抜けた少女ー二幕ー【完】
“豊玉発句集”と書かれた冊子が市村には何か検討もつかず、うーんと唸りながら考えている間、矢央はペラペラと捲って中身を楽しんでいた。
「ふふ…」
「あ、あのそれって…」
きっと土方の大切にしている物だろうことは予想がつき、土方に見つかっては大変だと市村が元に戻そうと手を伸ばした時。
「てめぇ等、仕事サボって何やってんだ?あ″?」
「ひっ!!」
一足遅かったようで、背後から地響きするような低くドスの聞いた聞き慣れた声に市村の肩が大きく跳ね上がった。
振り返りたくないっ!!
そう思うがそうもいかず、恐る恐る振り返り……やはり止めておくんだったと後悔した。
ギラリと光る眼孔が此方に睨みをきかせている。
お、恐ろしいっっっ!!
「あ、土方さん、そう言えば最近俳句詠まないんですね?」
悪気はないので、土方に素直な疑問を投げるが、それは土方には触れてほしくない趣味の話で、一部の人には知られてしまっているが、昨年入隊した市村がいるこの場でその話題は避けたかった。
「え、それってもしかして副長の?」
「これ?う…」
「市村ぁぁぁっ今すぐ茶を持ってこいっ!」
「えっ?あ、はいっ!!」
頷きかけた矢央を見て、これは不味いと市村を部屋から追い払うと唖然としている矢央の前までズカズカと移動し、ガシッと小さな頭を鷲掴んだ土方。
細められた双眸が、きょとんとした矢央を睨み据えている。
が、本人は一切怯えた様子はない。
「やだなー土方さん、こんな良い趣味持ってるんですから隠さなくてもいいのに」
「……なんかお前最近似てきてねぇか」
「誰にです?」
「誰って…総司以外に俺をからかう奴がいるかっての」
「私はからかってないですよ!本当に良いと思うから良いと言ってるんです!」
胸を張って言い切ると、土方の細められていた双眸が今度はじわじわと見開かれていく。
「本当に、か?」
「はい!だから、ちょっとくらい息抜きに、また俳句詠んでくださいよ」
働き詰めの土方に少しでも休んでほしい。
新選組が、会津が幕府が今大変なことはだいたい把握しているが、殆ど寝ずに働いている土方達を見ていると倒れてしまうんじゃないかと気が気じゃないのだ。