僕の愛した生徒


それから

奈菜が車から降りるまでの短い時間は、カーステレオから流れる音だけが二人の空間を繋ぎ、

たまに助手席を横目に見ると、
そこには月明かりで仄かに浮かび上がる無邪気な奈菜の横顔。


その横顔に

罪悪感なのか後悔なのか、
それとも迷いなのか、言いようのない感覚が僕を襲った。



僕は奈菜を車から降ろした後、真っ直ぐ家路を辿る。

久々に戻る部屋は夏だというのに
ひんやりと冷たくて、僕に虚無感を齎(もたら)した。


僕はソファーに腰を落とし宙を見つめ、大きなため息を一つ吐き、
今度は俯き頭を抱えた。



僕が過ごしたこの2ヶ月は、
まるで夢の中を漂うような浮き立つ時間。


でも、それは…



藤岡には申し訳ないことをしてしまった。

これから、僕は藤岡との事をどうすればいいのだろう?



僕が重たい頭を上げて見つめた先には、三年前からそのままに飾られている写真。


今よりも若い僕と玲香が並んで
僕に笑顔を向けている。


あの頃の僕が今の僕の姿を見たら
何て思う?

自業自得だと笑うのだろうか?



僕は暫くその写真を見つめた後、
ソファーを立ち写真に近づき、
本棚の上に置いてある写真立てに手を伸ばし、二人が写る写真をそっと抜きとった。


そして並べてある本を適当に手に取り、それを開いて静かに写真を乗せて

あの頃のまま色褪せることのない玲香に向かって僕は呟く。



“幸せにしてもらえよ”


僕が叶えてやれなかった

玲香の願い。




…ーパタン


僕は本を閉じ、それをそっと棚に戻した。
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