ありのまま、愛すること。
「もしかしてあのとき、母は、『この子を産んだら死んでもいい』ではなく、『この子を産んで私も、もう一度生きる』という気持ちで、私を産んでくれたのではないでしょうか」

私がこう問うと、チエ子さんは一度、目線を下に落としました。

そして次の瞬間、顔を上げて、私に向かって笑みを浮かべて言いました。

「……いま、気づいたのね、美樹ちゃん。みっちゃんは、間違いなく病気が治ると思っていたと思う。健康な女性が、お子さんを産んだあとに肥立ちが悪くって体調を崩すことがあるでしょう。あるいは、悲しいことだけれど、出産したときに母体だけ助からない方だっていらっしゃるでしょう。でも、あなたのお母さんは、あなたを産むリスクは知っていたけれど、それが自分に起きるなんて、微塵も思わなかったと私は思う。だって、事実、母子ともに無事にあなたを産んだでしょう。それだけでも最悪のリスクを回避したっていうことよね。しかもね……」

と言ってつづけたチエ子さんの次の言葉は─。

「おくるみでくるんだ赤子のあなたを抱いて、出産後に初めて私と会ったとき、みっちゃんは、それまでよりもずっと元気になっていたのよ。『私、ついに男の子を産んだよ。予感はあったもの。絶対に男の子だって思ったもの。この子を私、絶対に離さない』と言って、それまでの長いおつきあいのなかでも見たことのないくらいに、最高の笑顔を私に見せていた。産んだあとにも、生きている。しかもさらに元気になっている。その奇跡が嬉しかったんでしょうね。その後10年もあなたを育てたでしょう。何度も海に、いっしょに海水浴にも行ったわね。美樹ちゃんを産んでからは、もう一度、人生を生きられている喜びが、絶対にあったんだと思う」

母は、私を産むことによって死に向かったのではなかった─。
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