黒き藥師と久遠の花【完】
 わずかな音も聞き逃すまいと、みなもは目を閉じて耳を澄ます。
 右に伸びる廊下の向こう側から、ざわめきと落ち着きない足音が聞こえてきた。

 どうやら異変が起きているらしい。だから人をこちらに割けないのだろう。
 好都合だと思う反面、少し胸騒ぎがする。

(キリが連中とやり合っているのか? それとも……レオニードが来ているのか?)

 まだ建物内に毒を行き渡らせてはいないのだ。本調子の連中に取り囲まれれば、レオニードも苦戦を強いられるはず。

 みなもは懐の丸薬をもう一つ取り出し、口の中へ入れる。
 これを飲むほどに、体から放たれる毒は強さを増していく。
 ただ、威力が強くなるほどに、体への負担は大きくなってしまう。

 クラリ、と目眩がして足がよろめく。
 どうにか足に力を入れて体勢を直すと、みなもは壁に手を付きながら、騒がしくなっている方へと足を進めた。

 近づくにつれて、刃がかち合う音や、床を落ち着きなく踏み鳴らす音が聞こえてくる。
 突き当りの角まで来た時、その音は鮮明になった。

 みなもは壁に背をつけ、顔を少し覗かせて先の様子を探る。

 視線の先では、三人の男が一人を取り囲み、剣を交える光景。
 囲まれながらも応戦しているのは、外套のフードを被った男――キリだった。

 レオニードでなかった事に、落胆しつつもホッとする。
 その後、目を細めて小さく唸った。

(さて、どうしようか。助けに行ってもいいけど、連中と一緒にキリも毒にやられるし――)

 仕立て屋の時に使った手袋の毒よりも、今自分から放たれている毒のほうが効きは強力だ。
 いくら毒に耐性があると言っても、この毒専用の中和剤がなければ完全には防ぎ切れない。

 頭を働かせている最中、キリがこちらに顔を向ける。
 そして剣を交えていた男の腹を蹴飛ばして相手三人の体勢を崩すと、こちらへ駈け出してきた。
 まるで突風が鋭く吹き抜けるような素早さで。
 
「待て――」

 咄嗟にみなもは声を出す。だが、もうキリは目前まで来ていた。

 駄目だ、間に合わない。
 焦ったその刹那、キリがみなもの横に並ぶ。

 かろうじて聞き取れる声で、キリは呟いた。

「ここは任せたぜ。オレはオレの目的を果たしに行く」

 そう言い残すと、キリはみなもが元来た道を走って行った。
 毒に侵され、体が麻痺した様子は微塵もなかった。

(ちょっと待て、この毒も効かないのか?! あいつの体は一体どうなっているんだ)
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