黒き藥師と久遠の花【完】
 ――パキィッ。
 左の斜め上あたりから、何かを強く弾いた音がした。

(何だ……? 何が起きた?!)


 咄嗟にみなもが音の方へ顔を向けると、真っ先に大きな背中が視界に入ってくる。


 殺気立った、レオニードの背中。
 彼の右肩から、じんわりと黒く滲むものが見えた。


 そしてレオニードが顔を向けた先には、いつの間にか天井の隅に四角い穴が現れていた。
 穴からこちらを伺う、細く鋭い目と視線が合った。

「ゲイル!」
 
 みなもが叫ぶと、目はさらに細く、緩やかな弧を描く。
 次の瞬間、穴から大きな影が落ちてきた。

 レオニードの前に、ゲイルが降り立つ。
 顔は笑っていたが、目は血走り、怒りで口が引きつっている。

 その肩には、ぐったりしている小柄な女性が担がれていた。

「動くなよ。動けばコイツの命はないぜ?」

 ゲイルが短剣を抜き、女性の首筋へ刃をあてる。
 そして顎をしゃくり、武器を手放すように促してきた。

 悔しいが、言う通りにするしかない。
 みなもとレオニードはゆっくりと、手にしていた獲物を床に置いた。

 ニヤリと満足気にゲイルが笑う。
 しかしそれも一瞬だけで、すぐに表情を曇らせた。

「この臭い……毒を流しやがったか。お前らが平気ってことは、中和剤を持っているんだろ? 早くよこせ」

 ゲイルが女性の首筋に、うっすらと赤い線を刻む。
 すると彼女が小さく身じろぎ、弱々しくこちらに顔を向けた。

 元は整った顔立ちだったのだろうが、今は顔が赤く腫れ上がり、見る影がない。
 今までゲイルにいたぶられていた事が、容易に想像できる。
 
 思わずみなもは唇を噛み締め、ゲイルを睨みつける。

(あの人、かなり弱っているな……もしかすると体が毒に耐えられないかもしれない)

 彼女を犠牲にする訳にはいかない。
 みなもは「分かった」と早口に呟き、懐から小瓶を取り出す。

「これが二人分の中和剤だ。先に彼女に飲ませて欲しい」

 言いながら小瓶をゲイルに投げ渡す。
 受け取ってすぐに女性を肩から降ろすと、彼女の口へ中和剤を流し入れる。
 そして少し様子を見てからゲイルは残りを飲み干した。

「おい、女。気がついているなら立てよ」

 ゲイルに足先で軽く頭を蹴られ、女性は体を小刻みに震わせながら上体を起こす。
 しかし踏ん張りがきかず、なかなか立ち上がることができなかった。

 しびれを切らせてゲイルは彼女の細い腕を掴むと、力づくで引っ張り上げ、無理に立たせた。
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