黒き藥師と久遠の花【完】
 再び女性の首へ刃をあてると、ゲイルは顎を動かし、「後ろへ下がれ」と指図してくる。

 レオニードがこちらをわずかに振り向いて、目を合わせてくる。
 それを合図にゆっくりとみなもは後ろへ下がった。
 一拍遅れでレオニードも後退し、みなもを庇うように前へ立った。

 ゲイルが前に進み出て、顔をこちらへ向けたまま、布がはみ出ていた鉄製の箱を開ける。
 中には折りたたまれた乳白色のドレスと水色のショール、そして装飾品が置かれていた。
 ゲイルは手を伸ばし、一気に装飾品を鷲掴みした。

「オレは石さえ手に入ればそれでいい。だからドレスはお前らにくれてやる。衣装さえあれば女神の役はできるだろ?」

 悔しげにレオニードが拳を震わせる。怒りで殴りかかってしまいそうな自分を抑えているのは明らかだった。
 その様子を見て優越感に浸っているのか、ゲイルは唇を歪ませ、濁った目を細める。

 心の中でみなもは冷ややかに微笑む。

(気が大きくなっているならありがたいな。隙が生まれやすい)

 ほんの少しの隙さえあれば、人質を取り戻してゲイルをこの場で倒せるはず。
 油断を誘うために、みなもは悔しげに顔をしかめてみせた。

 それと同時に、ゲイルから見えないようレオニードの背中をつつく。
 レオニードは振り返らず、ゲイルから目を離そうとしない。
 動きはなくとも、しっかりこちらの意図に気づいていることが分かった。
 
 みなもはゲイルから顔が見えるよう、あえて一歩横にずれる。

「ゲイル、このまま逃げ切れると思っているのか? もうお前の仕業だということは城にも伝わっている。今頃は街中に兵士が散らばってお前を探しているよ」

 ゲイルが顔をしかめて小さく舌打ちする。だが、すぐに勝ち誇った表情を浮かべ、みなもと視線を合わせてきた。

「逃げ切れるさ。連中の知らない逃げ道なんざいくらでもある」

 狙い通りに注意がこちらへ向いている。今なら――。
 
 みなもは目を細め、射ぬくような眼差しでゲイルを睨む

「随分と余裕があるな……こんな大それた真似をするのは、初めてじゃないってことか」

「その通り。ああ残念だな、時間があればオレの武勇伝を聴かせてやれるのに」

「時間があっても遠慮するよ、その手の話は酒場でよく聞かされたから――……っ!」

 体を一瞬強張らせ、みなもは息を引く。
 間髪入れず、弾かれたように扉へ顔を向けた。

「な、何だ?」

 視界の横でゲイルの肩がピクリと跳ね、同じように振り向く姿が映る。
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