黒き藥師と久遠の花【完】
 ほんのわずかな隙。
 刹那の好機を見逃さず、みなもの前で大きく動く気配がした。

 床を蹴り、レオニードが一気にゲイルの懐へ飛び込む。
 そして勢いよく手を振り上げた。

「グゥッ!」

 濁ったうめき声と同時に、鈍い音が重なる。

 素早くみなもは顔の向きを戻す。
 期待していた光景に、思わず笑みが浮かんだ。

 ゲイルの手からは、短剣も、人質の女性も見当たらない。

 短剣は床の隅に転がり、静かに横たわっている。
 女性はレオニードの片腕に抱えられ、ぐったりしながらもか細く息をしていた。

 空いていたもう片方の手が、ゲイルへ伸ばされた。

「ここまで来て捕まってたまるかよ!」

 後ろへ退き、ゲイルがかろうじてレオニードの手を避ける。
 しかし体がふらつき、よろめいた。

 瞬時にレオニードは一歩踏み出し、ゲイルの肩を押す。
 押し込まれた力に逆らう事はできず――。

 ――ダンッ!
 ゲイルの体が大きく倒れ、派手に床へ叩きつけられる。

「チッ!」

 吐き捨てるように舌打ちし、ゲイルが起き上がろうと床に手をつける。
 
「逃がさないよ、ゲイル」

 みなもはその手を蹴り払い、再びゲイルを床に伏せさせた。
 そして袖に隠していた毒の針を、ゲイルの手に刺した。
 
 即効性の、自分から放たれている物とは違う毒。
 さっき口にした中和剤では抗いきれない。
 すぐに毒は全身を巡り、ゲイルの意識を奪っていった。

 レオニードが女性をゆっくりと床へ降ろすと、ゲイルの手から装飾品を取り上げる。
 特に破損した様子はない。みなもの口からようやく安堵の息がこぼれた。

「まったく……これでようやく帰れるよ。後は衣装も返してもらわないとね」

 気が抜けてくらくらする頭を押さえながら、みなもは開きかけた箱へ歩み寄る。
 蓋を開けると、折り畳まれた水色のショールとドレスが置かれていた。

 みなもは先にドレスを手にとり、汚れがないかを確かめる。
 これらも売れば高い値がつく。丁寧に扱ってくれたようで、奪われる前と変わらずきれいなままだった。

 ドレスを机の上に置くと、今度はショールを手にして眺める。
 こちらも特に問題は――。
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