黒き藥師と久遠の花【完】
(……あれ?)

 ふと違和感を覚え、みなもは首を傾げる。

 とても柔らかく滑らかな上質の絹。ショールの上で咲き誇る百合の刺繍。
 誰が見ても、その美しさに唸らずにはいられないだろう。

 これが偽物だとは到底考えられない。
 ただ、衣装合わせをした時よりも、その美しさに磨きがかかっているような気がする。

 手触りも、刺繍の細かやかさも、より上質になっている。
 それに心なしか刺繍の百合の花びらが、前よりも細長くなっているように見えた。

「みなも、どうしたんだ?」

 レオニードに声をかけられ、みなもは我に返る。

「……ううん、何でもないよ」

 わざわざ前よりも上質な偽物を用意して、入れ替える必要がどこにもない。
 きっと自分の思い違いだろうと結論付け、みなもは体から放たれる毒を抑える丸薬を飲んでから、レオニードに歩み寄った。

「助けに来てくれてありがとう。……肩の傷は大丈夫?」

 傷口を見ようと、レオニードの肩に顔を近づける。
 さほど深い傷ではない。毒の気配も感じられず、みなもは安堵の息をつく。

 と、レオニードの手が優しくみなもの肩を抱いた。

「連中の確保と室内の解毒は俺に任せて、君はゆっくり休んでいてくれ」

「気持ちは嬉しいけれど、早く家に帰りたいから俺も――」

 一緒にやる、という言葉は言わせてもらえなかった。
 急にレオニードに唇を塞がれ、みなもは目を瞬かせる。
 しかしすぐに瞼を閉じて、唇から伝わってくる彼の熱を受け止める。



 これで今まで通りの、レオニードと一緒に過ごせる日々が戻ってくる。
 そんな実感が胸奥に穏やかな火を灯し、体が真綿のような柔らかな温もりに包まれる。

 ただ、ただ、嬉しい。
 どれだけの大金を手に入れても、大粒の宝石を身に着けても、やっと手にしたこの日常に勝るものはなかった。
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