黒き藥師と久遠の花【完】
    ◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 ヴェリシアを祝う祭りとあって、国中の人間が集まっているのかと思ってしまうほど、城下街は人で溢れていた。

 花や植木などで飾り立てられた街はいつにも増して麗しく、街の入り口では初老の男たちが手風琴を奏で、訪れる人々を歓迎していた。

 市場には普段と違う出店が並び、道行く者たちの目と鼻とお腹を楽しませてくれる。
 街のあちこちで繰り広げられる大道芸は絶えず観衆に驚きを与え、人々の歓声を快く浴びていた。

 そんな建国祭で皆が一番楽しみにしていたのが、夕刻から始まる女神のパレードだった。
 まだ日が高い内に場所取りが行われ、大通りの両脇に人々は集まり、談笑しながらパレードの開始を心待ちにしていた。




(もうそろそろ、か……やっぱり緊張するな)

 城下街の入り口に設置された天幕の中。
 ドレスを着替え終えたみなもは、用意されていた椅子に腰かけ、化粧が施されるのを待っていた。

 一刻も早くパレードを始められるようにと、慌ただしく動き回る人々の足音が絶えず外から聞こえてくる。
 否が応にもこれから本番が始まるのだと自覚させられ、緊張が際限なく膨らんでいく。

「みなもさん、入るわよ」

 一声かけてすぐ、化粧箱を手にしたクリスタが天幕の中へ入ってきた。
 若草色の民族衣装に身を包んだ彼女は、ほんのり頬を上気させ、どこか楽しげな表情を浮かべていた。

「お待たせしちゃってごめんなさい。今からお化粧始めるわね」

 化粧……その単語を聞くと、思わず体が強ばってしまう。
 他の女性たちが化粧をしていても気にならないが、それを自分がやると考えるだけで逃げ出したくなってくる。
 嫌ではないが、馴染みがなさすぎて違和感ばかりが湧き上がる。
 
 みなもがじんわりと背中が汗ばむ気配を感じていると、小さくクリスタが吹き出した。

「たかがお化粧するだけなのに、そんな今にも泣きそうな顔しないで」

「……俺、そんな顔してるの?」

 少しかすれた声でみなもが尋ねると、クリスタは「ええ」と頷きながら苦笑する。

「今からお母さんにお仕置きされる子供みたいな顔よ。……ずっと男として生きてきたから、女性になることに戸惑っているの?」

 ゲイルたちを捕らえた次の日に、約束通りクリスタに真実を伝えた。
 事情を知ったクリスタは始めこそ驚いたが、すぐに「男にしては肌がきれいすぎるな、って思っていたけど、それなら納得できるわ」と笑って受け入れてくれた。

 知り合って間もないが、今ではクリスタは数少ない良き理解者だった。
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