黒き藥師と久遠の花【完】
 クリスタの前では自分を偽らなくてもいい。
 じっと彼女の目を見つめてから、みなもはため息をつき、コクリと頷いた。

「女性として生きるようになっても、俺が俺であることに変わりはないって、頭では分かっているんだ。でも女性に戻ったら、今までの自分を否定してしまう気がして――」

 自分が女性であるということは、弱みにしかならない。
 ずっとそう否定しながら生きてきた人間が、今さら女性に戻ってもいいものだろうか?

 みなもが考え込んでいると、クリスタ息をつき、こちらの肩をポンと叩いた。

「一度変わったら、もう二度と戻れないって訳じゃないわ。いっそその時の気分で、男になったり女になったりしても良いじゃない。きっとレオニードなら受け入れてくれるわ」

 ……そうか、そういう考え方もあるんだ。
 フッとみなもの肩から力が抜け、笑顔がこぼれる。

「ありがとう。そう言ってもらえると、すごく楽になるよ」
 
「フフ、みなもさんもレオニードと同じだわ。ちょっと重く考えすぎね」

 クリスタはこちらに微笑み返すと、慣れた手つきでみなもに化粧を施していく。
 やはり慣れないことで緊張してしまうが、さっきよりも抵抗感は薄れていた。



「失礼してもよろしいですか?」

 顔の化粧を終えて、みなもが長い金髪のカツラを身に着けた頃に、入り口から男の声が聞こえてきた。

「はい、大丈夫ですよ」

 クリスタの返事を聞き、男が天蓋の中へ入ってくる。
 現れたのは、女神の装飾品が入った箱を手にした痩身の青年だった。
 体つきから男だとは分かるが、首から上だけ見せられて女性だと言われれば、信じてしまいそうな顔立ちだ。

 ゆっくりとした動作で、クリスタはスカートの端を摘んで恭しく一礼する。
 立ち上がってクリスタと同じ所作を取ろうとしたみなもへ、青年は「そのままで結構ですよ」と薄く微笑んで制した。

「初めまして、みなも殿。私は王の補佐官を務めるクラウスと申します」

 クラウスから細長い手を差し出され、みなもは握手を交わしながら彼の顔を見つめる。

 もしかするとクラウス様がいたから、城の人たちは俺が男だって疑わなかったのかも。
 みなもが心の中で苦笑していると、クラウスはその場へ跪き、頭を下げた。

「あ、あの、クラウス様? どうなされたのですか?」

 急な動きに驚くみなもへ、クラウスは心苦しそうに息をついた。

「ヴェリシアの恩人である貴方に、我が王の気まぐれでそのような格好をさせてしまい申し訳ありません。しかも国の宝を取り返して頂いたというのに、なんとお詫びすれば良いか――」
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