黒き藥師と久遠の花【完】
 クラウスもマクシム王に振り回されているのだろう。彼の背中から、そこはかとなく苦労人の気配が漂ってくる。

 急に親しみを覚えつつ、みなもは小さく首を振った。

「クラウス様、どうか謝らないで下さい。勅命の手紙を受け取った時は驚きましたけれど、今はこの大切な役目を担えることを嬉しく思っています」

 顔を上げたクラウスと目が合った瞬間、みなもは柔らかな微笑みを浮かべる。
 と、瞬く間にクラウスの顔が赤くなり、気恥ずかしそうに視線を逸らした。

「男性に女神の役が務まるのだろうかと心配していましたが……杞憂でしたね。歴代の女神と比べて劣るどころか、むしろ――」

 段々とクラウスの声が小さくなり、終わりのほうはよく聞き取れなかった。
 大丈夫なのだろうかとみなもが小首を傾げていると、クリスタが「そうですよね」と相槌を打った。

「私も今まで見てきた中で、みなもさんが一番女神らしいと思いますわ。見た目もきれいだし、何よりまとっている空気が神秘的ですもの」

「……クリスタさん、それは言い過ぎだと思うよ」

 照れくささで眉根を寄せるみなもへ、クリスタは軽く片目を閉じる。

「そんなことないわ、至極まっとうな意見よ。クラウス様もそう思いませんか?」

 話を振られ、コホンと咳払いしてからクラウスが頷く。

 二人にそう思われても、やっぱり自分のこととして受け入れられない。
 みなもが納得できずに困惑していると、クリスタが手鏡を差し出した。

「まだ自分の姿を見てないから、ピンとこないのかも。ほら、一目見ればみなもさんも納得できると思うわ」

 言われるままに、みなもは手鏡を手にして覗き込む。
 自分の姿を目にした瞬間、はっとなった。

 鏡の中にいた自分は、まったくの別人だった。

 化粧で作った北方特有の白い肌に映える、赤く潤んだ唇。
 驚きで丸くなったままの目は、薬で青い硝子のような瞳に変わっている。
 そして幼い頃に憧れた姉の髪のように、長く真っ直ぐに伸びた艶やかな黒髪のカツラ。

 確かめるように、みなもは己の頬に手をあて、ゆっくりと撫でる。
 鏡の向こうの見知らぬ女性も、同じ動作をしてみせる。

 瞬きの数を増やせば、相手も同じだけ目を瞬かせる。
 カツラの髪先を指でいじれば、鏡の彼女の指もクルクルと髪先を巻きつけた。

 何度も何度も確かめて、ようやくこれが自分の姿なのだと受け入れることができた。
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