黒き藥師と久遠の花【完】
「……オレに何の用だ?」

 男が声をかけると、後ろから低いため息が聞こえてきた。

「まったく……こんな回りくどい真似をしてご苦労なこったな、ナウム」

 ほのかに殺気を感じるが、どうやら襲う気はないらしい。
 ククッと喉で笑うと、男は踵を返してフードを外す。

 皮膚が酷くただれた顔へ、不敵な笑みを作ってみせた。

「残念だが人違いだ。オレはキリ……ナウムじゃない――」

「ワシにお前さんの変装は通用せんぞ。顔は特殊な化粧で変えられても、体つきや骨格は元のままだからな」

 ……全てお見通しってことか。
 男――ナウムは息をつき、肩をすくめた。

「そういやアンタは、関節外したりして、全身を変えられたんだったなあ。オレはアンタみたいにはなれねぇよ……李湟」

「その名は一族を守れなかったあの日に捨てた。今は浪司と呼んでくれ」

 口端を上げながら、浪司の目は笑っていない。
 少しでも怪しい動きを見落とすまいと、鋭い視線をぶつけてくる。
 しかし瞳の奥に、どこか憐れむような色が見受けられた。

「みなもたちがバルディグを離れてから、ワシはずっとお前さんを見張っていたんだ。頭が回るお前さんのことだ、気づいていただろ?」

「ああ。わざとオレを牽制するために、気配を隠さずにチラチラとオレの前に来てたからなあ。……とんだ暇人だ」

 みなもに手を出したら、今度は容赦しない。
 そんなことは牽制されなくても分かっていたことだが。

 ナウムはフッと鼻で笑いながら、乾いた唇を湿らせる。

「オレがみなもに近づこうとしていたこと、分かっていたのによく今まで放置できたな」

「みなもを傷つける気なら、どんなことをしてでも止めるつもりだったが……今回は事情が事情だ。お前さんが純粋にみなもといずみのために動いていると思ったから、見守っていたんだ」

 やれやれといった感じに、浪司は両腕を組んだ。

「みなもが身につけていた女神のショール……あれをいずみが作った物と入れ替えて、みなもの元へ届けることが目的だったんだろ? パレードが終わったら、女神の衣装は本人に贈られるからな」

 人の心の内を読むのは好きだが、読まれるのは不快この上ない。
 チッと小さく舌打ちして、ナウムは浪司の目から逃れるように、瞼を閉じた。
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