黒き藥師と久遠の花【完】
 確かに浪司の言う通りだった。
 いつかみなもと再会できた時に渡したいと、公務の合間を縫って刺繍していた水色のショール。
 幸せを願いながら、花嫁衣裳のショールを身内が作って贈ることが北方の風習だった。

 みなもがバルディグへ来た時に渡すはずだったが、その機会を逃し、渡せぬまま――。
 どう贈りつけようかと考えていた時に、二つの情報が耳に届いた。

 一つは、みなもが建国祭の女神に選ばれたということ。

 もう一つは、ゲイルが女神の装飾品を狙っているという話。

 分かった時点で、この件についてみなもが傷つけられないように動こうと決めていた。
 そしてこれを利用して、ショールを届けようと……。

 ヴェリシアにいる諜報員に指示を出して、多忙な自分は動かない、という手段も考えた。
 だが、確実に彼女を守り、ショールを渡したい。それを他人任せにはしたくなかった。
 
 だから凝った変装をしてまで、みなもへ近づいた。
 ……もう一度彼女と話せればという、未練がましい欲も手伝っていたが。

 ナウムは己を卑下するように、フッと鼻で笑った。

「あーあ、手間がかかった上に、オレに何の得もないなんて……我ながら間抜けなもんだ。浪司、アンタもそう思うだろ?」

 投げやりに同意を求めると、浪司は目を細めて苦笑を浮かべる。

「確かにな。……だが、ワシも同じようなものだ。もう存在しない人間との約束を、延々と守ろうとしているんだ。こんな『常緑の守り葉』の役目なんざ捨てて、自分の利のためだけに生きれば楽なのにな」

 こんな同情の声が、浪司から聞けるとは思わなかった。
 そもそも、本来ならこんなに落ち着いて浪司と話などできる訳がない。

 八年前に浪司をワナに嵌めて洞窟へ閉じ込めた時から考えていた。
 次に会う時は、どんな手を使ってでも自分を殺しにかかるだろうと。

 半ば夢でも見ているのかと思いながら、ナウムは浪司をジッと見据えた。

「浪司、一つ聞かせてくれ。……どうしてオレを殺さない?」

 バルディグで顔を合わせた時も、今この時も。
 なぜこの男は、抑え切れない殺気をこちらに向けているクセに、自分を殺そうとしない?

 不老不死になってまで守り続けた一族を、壊滅させた原因を作ったのは自分なのに。
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