はぐれ雲。
レンが店を出ると、もう空は白み始めていた。

一人、閑散とした通りを歩いていく。
夜の賑わいがまるで嘘のようだ。

黒いカラスが数羽、ゴミ箱をあさっている。

レンは自宅アパートに着くと、集合ポストをチェックした。
ダイレクトメール、電気代請求のお知らせなど、たいしたものはない。

錆付いた階段を上り廊下を突き当たると、やっとの思いで部屋に入る。

ブルーローズで働き出して7年が経った。
ミュージシャンを目指して高校卒業後家を飛び出したものの、全くその道へのメドは立たなかった。

仕方なく始めたバイトがきっかけで、今の店で働くようになった。

安い給料で長時間働かされたが、ここで生きていくためには仕方ない。

いつかは成功したい、そんな夢を持ちながらやってきたが、実際はクタクタになって帰ってくると、夕方まで寝てまた仕事に出る、といったことの繰り返し。

まじめなレンに、店のオーナーは店長という肩書きを与えた。

音楽の世界は無理でも、この店を自分の生きがいにしてもいいんじゃないか、そう思ったこともある。

けれど、所詮は雇われ店長。
周りのバーテンダーはレンよりも年上ばかりで、彼の言うことなど聞きはしない。

そんなストレスも日に日に大きくなっていく。

レンの部屋は1DKで、玄関を入ってすぐに小さな流しとコンロ、冷蔵庫が置かれてあり、鍋や皿などは大きさごとにきっちりと並べられていた。

きれいに整頓されたキッチンの奥には六畳ほどの部屋がある。

しかし、一歩その部屋に足を踏み入れると、壁一面に所せましと貼られた写真が彼を出迎える。

「今帰ったよ」
レンは壁の写真に顔をすりつけた。

「リサ、ただいま…」
レンは写真の中のリサを撫でた。

明らかな隠し撮り。

彼女の目線は完全に外れている。

笑うリサ、髪をかきあげるリサ、コーヒーを飲むリサ、目を閉じたリサ。
無数のリサたちが彼を囲む。

お気に入りのリサの写真に口づけをすると、彼女の隣に映る亮二の目にゆっくりと針を刺した。

「どうだ、亮二。痛いだろ?目の次はどこがいい?口か?俺をバカにするからこんな目に遭うんだ」

薄気味悪く笑いながら、彼は何度も何度も針を刺し続ける。

「こんな穴だらけの顔でリサを抱くのか?どうなんだよ」

すでに亮二の写真には無数の穴があいていた。

気持ちが落ち着いてくると、レンはポケットから小さく丸められた一万円札を取り出し、一枚ずつ丁寧に皺を伸ばすと、財布にきっちりと向きをそろえて入れた。


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