はぐれ雲。
「さぁ、ちょっとわかりません」
「そうですか、お忙しいところすんません」
桜井は玉のような汗をハンカチでぬぐいながら、軽く頭を下げた。
現在、達也たちは乳児死体遺棄事件を捜査中だった。
ビニールの買い物袋に入った生後間もない赤ん坊の遺体が河川敷で発見されたのは、2日前の午後5時。
その2時間前にここを通った下校途中の小学生の証言では、そんな袋は見当たらなかったという。
犯人は午後3時から5時の間に死体を遺棄したとして、その時間帯に合わせて聞き込みを行っていた。
不審な人物を目撃した人がいるかもしれない。
しかし、発見当日は雨。
人通りも少なかったとみられる。
今日は梅雨の中休みで、もう日差しは真夏のように容赦なく二人の上に照りつける。
朝、桜井と達也は赤ん坊の司法解剖に立ち会った。
彼らはへその緒がついたままの、冷たく小さな遺体に手を合わせた。
<なんて小さいんだ>
達也は顔をしかめた。
母親がこの赤ん坊の死に関わっていることは間違いない。
おそらく病院ではなく、一人でこっそり産んだのだろう。
生まれたときにはもう亡くなっていたのか、それとも…
それがこの解剖で明らかになる。
達也はふいに口元を押さえた。
脂汗がにじむ。
「おい、加瀬。大丈夫か、無理せんでええぞ」
と桜井がささやいた。
「いえ、なんともありません」
そうは言ったものの、こらえきれず廊下に出た。
トイレに駆け込むと同時に吐いた。
こんなことは初めてだ。
どんな悲惨な状態の遺体解剖にも立ち会ってきたのに。
鏡を見ると、ひどく顔色が悪かった。
息遣いも荒い。
<どんな事情があったにせよ、あんな小さな赤ん坊を捨てるなんて、許せない!>
達也はもう一度トイレに吐いた。
胃がひっくり返ったかのように痛む。
小さな赤ちゃんの遺体が、瞼に焼き付いていた。