はぐれ雲。
直人はドアの前で腹をそっとさすった。

まだ時折痛む。
深呼吸を一つすると、ノックを2度した。

「亮二さん、お話があります」

直人は改まって言った。

「なんだ」
亮二は近々新しくオープンさせるクラブの運営資料に目を通していた。

「俺、昨日林さんに呼び出されました」

「用件は」

間髪いれずに返ってくる質問。

「亮二さんとあの加瀬という女は、今どうなっているのか、と聞かれました」

直人は亮二を真っ直ぐに見た。

彼自身も気になっていることだ。

亮二は資料に視線を落としたまま、舌打ちをする。

「で、おまえは何て答えた?」


昨晩のこと。
林は薄気味悪い笑みを浮かべながら、直人ひとりを呼び出して訊いた。

「亮二はもうあの女を抱いたか」と。

「定期的に会ってはいるようですが、そこまではわかりません」

「わからない?そばについているのにか?」

「申し訳ありません」

亮二の不利になるようなことは言えない。

林の何ともいえないオーラに息がつまりそうになる。

何かをたくらんでいるのではないか、ふと思った。たかが女一人、林はなぜこんなに気にかけるのか、それが不思議だったから。

「あの亮二が手こずってるのか、おもしろい」

クックッとかみ殺したような笑いをすると、直人の耳元でこう言った。

「亮二に伝えとけ。女一人たらしこむのに、どんだけかかってんだ!とな」

同時に林の拳が直人の腹に食い込んだかと思うと、強く突き上がった。

胃が震える。

林の目が異様に光っていたのは確かだ。


直人は殴られたこと以外を詳細に語る。

亮二はそれを聞くと険しい顔つきになった。

「亮二さん、あの女とは一体どういう関係だったんですか。昔の知り合いとは聞いていましたが…」

思い切って切り出した直人に、亮二の鋭い視線が突き刺さる。

しかし、ひるむわけにはいかない。

林は何かを隠している。
何かをたくらんでいる。

「直人」

「はい」

「迷惑をかけた。すまない」

「そんなことはいいんです。ただあの女…」

「下がっていい」
彼は背を向けて再び書類に目を通した。

「亮二さん!」

「おまえの思い過ごしだ」

本当にそうだろうか。

「あのタイプの女は、俺たちみたいなヤクザに対する免疫がない。なかなかなびかねぇんだよ」

直人は腑に落ちなかった。

自分が見る限り、あの博子という女は彼に好意を持っているのは確かだ。

亮二もそのことはわかっているはず。
今まで、どんな女もモノにしてきたこの男が気付かないわけがない。

それなのに、あと一歩を彼は踏み出そうとはしない。

亮二は、「もう話すことはない」といった様子で背を向けた。

「では、俺はこれで。失礼しました」

ドアが閉じられたのを確認すると、亮二は書類を床にたたきつけた。

「くそっ」

苛立って煙草を取り出すと火をつける。

何度か宙に煙を吐き出すと、一人つぶやいた。

「そろそろ潮時か…」

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