はぐれ雲。
「今でも時々彼女の心が遠くに感じることがある。きっとその人を想ってるんだろうって、そんな気がして苛立つんだ」
「じゃあ、どうして博子と結婚したんですか」
少なからず、その言葉には怒りがこもっていた。
「…博子を取られたくなかった。
その男が急に現れたら、彼女は間違いなくそいつに付いて行くと思った。でも結婚していれば、もし仮にそいつが現れても博子は思いとどまるだろうって」
真梨子は達也の気持ちが痛いほどわかった。
「ズルいだろ、俺」
彼は自分を卑下するように笑い、真梨子は首を横に振る。
「なあ、青木。教えて欲しいんだ」
達也の目が真梨子の目を捉えたまま、離さない。
「そいつはどんなやつだった?」
「先輩…」
話していいものなのか、彼女は悩んだ。
「直接、博子には聞かないんですか」
酷な質問だとは思う。
しかし、自分の口からはとても言いにくい。達也の苦しむ姿を見ながら、そんな話をするほど無神経ではない。
すると彼は椅子にもたれ、遠くを見るような目で呟いた。
「怖いんだよ」
「え?」
「仕事でさ、血やら死体やら、そんなの嫌ってほど見てきた。凶悪事件の容疑者の潜伏先に踏み込んだこともあった。でも、不思議と怖いって思ったことがないんだ。なのに、これだけは怖いんだよ。博子の口から、そいつのことを聞くのが…。今でもそいつが忘れられないって言われたら、どうしようって」
真梨子は思った。
ズルいのは博子の方だ、と。
こんなに優しくて、愛してくれる人がそばにいながら、昔の恋を忘れられないなんて。
なんて贅沢なんだろう、と。
「おかしいな、もう酔っ払ったかな、俺」
達也はいつもの癖で、頭をかく。
真梨子は彼が気の毒に思えて仕方なかった。
だからこそ、何と言ってあげればいいのか見当もつかない。
「あの…先輩はその人のことを聞いてどうするんですか?」
達也は笑って、一口ウィスキーを飲んだ。
「さあ…ね。でも今のままじゃ、俺も博子も前には進めそうもないんだ。それに、俺自身何も知らない相手に嫉妬するのは、正直疲れたんだよ」
沈黙が続く。
「じゃあ、どうして博子と結婚したんですか」
少なからず、その言葉には怒りがこもっていた。
「…博子を取られたくなかった。
その男が急に現れたら、彼女は間違いなくそいつに付いて行くと思った。でも結婚していれば、もし仮にそいつが現れても博子は思いとどまるだろうって」
真梨子は達也の気持ちが痛いほどわかった。
「ズルいだろ、俺」
彼は自分を卑下するように笑い、真梨子は首を横に振る。
「なあ、青木。教えて欲しいんだ」
達也の目が真梨子の目を捉えたまま、離さない。
「そいつはどんなやつだった?」
「先輩…」
話していいものなのか、彼女は悩んだ。
「直接、博子には聞かないんですか」
酷な質問だとは思う。
しかし、自分の口からはとても言いにくい。達也の苦しむ姿を見ながら、そんな話をするほど無神経ではない。
すると彼は椅子にもたれ、遠くを見るような目で呟いた。
「怖いんだよ」
「え?」
「仕事でさ、血やら死体やら、そんなの嫌ってほど見てきた。凶悪事件の容疑者の潜伏先に踏み込んだこともあった。でも、不思議と怖いって思ったことがないんだ。なのに、これだけは怖いんだよ。博子の口から、そいつのことを聞くのが…。今でもそいつが忘れられないって言われたら、どうしようって」
真梨子は思った。
ズルいのは博子の方だ、と。
こんなに優しくて、愛してくれる人がそばにいながら、昔の恋を忘れられないなんて。
なんて贅沢なんだろう、と。
「おかしいな、もう酔っ払ったかな、俺」
達也はいつもの癖で、頭をかく。
真梨子は彼が気の毒に思えて仕方なかった。
だからこそ、何と言ってあげればいいのか見当もつかない。
「あの…先輩はその人のことを聞いてどうするんですか?」
達也は笑って、一口ウィスキーを飲んだ。
「さあ…ね。でも今のままじゃ、俺も博子も前には進めそうもないんだ。それに、俺自身何も知らない相手に嫉妬するのは、正直疲れたんだよ」
沈黙が続く。