はぐれ雲。
博子は、一日に何回も携帯電話をチェックした。

公衆電話からの着信があれば、その日の夕方にあのテニスコート脇のベンチへ行く。そうすれば、亮二に会える。

花火大会の夜以来、そうやって何度か彼と会った。

ほんの少しの時間、ただ並んで座っているだけで心が落ち着いた。

会話なんてなくてもよかった。
ただそばにいるだけでよかった。

達也とのギクシャクした生活の中で、唯一心が休まる時間。

もう二人は離れられなくなっていた。


「公衆電話?」
博子は声を高くして聞き返す。

「その着信履歴も確認したら必ず消せ。絶対に残すな」

「どうしてわざわざ公衆電話を使うの?」

暴力団幹部の亮二が警察にマークされるようなことがあれば、彼らは徹底的に亮二の交友関係を調べるだろう。
携帯や事務所の電話の発信履歴をはじめ、根こそぎ関係者を洗い出していくはずだ。
そこに博子と連絡を取っていた事実があれば、警察は彼女も捜査対象としてみることとなる。

しかも、博子は警察官の妻だ。
大きな騒ぎになることは目に見えていた。

亮二の側から博子との関係をさらすことはどうしても避けねばならなかった。
彼女を守るために。

理由はもう一つある。

亮二の兄貴分の林哲郎に、二人の関係が知られるとまずかった。

警察情報を取るようにと命じられたが、失敗に終わったと報告している。

それ以来、博子との関係は立ち消えたと林は思っている。

もう彼女を圭条会の思惑に巻き込んではいけない、そう亮二は考えていた。

それほど二人の住む世界は違っているのだ。

他人から見れば、正義と悪。
光と影。

正反対の世界に住む二人だった。

だからこそ、慎重に連絡を取り合う必要があった。

危険を承知で。

ただ、会いたいだけなのに。

二人の間には何の利害もないのに。


「今時、公衆電話だなんて、アナログね」

「もしおまえがその日来れなくても、連絡しなくていい」

「うん、わかった」

会う場所は、初めて二人が言葉を交わしたあの河川敷のベンチだった。

辺りが暗くなれば、人通りも少なくなり目立たない。

誰にも知られてはいけない時間。

亮二と博子は、自分の携帯電話からお互いの電話番号を消去した。


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