はぐれ雲。
夕方に、博子の携帯が一度だけ鳴った。

慌てて見ると「公衆電話」と出ている。

何だか、とても久しぶりに会う気がする。

高鳴る胸で博子は靴を履いた。


土手をあがると、川面は夕焼け空と同じ紫がかった光でいっぱいだった。

近くで小学生がキャッチボールをしている。

約束のベンチに腰かけたが、亮二の姿はまだ見えない。

朝晩と涼しくはなってきたものの、日中の暑さはまだまだ続いていた。


河の方から涼しい風が彼女の頬を撫でる。

確実に秋は近づいている。


目を閉じると、水の流れる音が耳のすぐ近くで聞こえる気がした。

昔と変わらない音。
なのに、人は子どもから大人になって。
喜びも悲しみも数え切れないくらい経験して、良くも悪くも成長していく。

未来への不安を抱えながら。
何も知らず、何も恐れないあの頃に、一番いい時期には留まることは誰もできない。


隣に誰かが座る気配がした。

煙草の匂いがかすかに漂う。

「よぉ」

そっと目を開ける。

亮二だ。

「浩介たちが」

「浩介?…ああ坂井さんね」

彼は少し照れたように笑う。

そんな表情に、なぜか博子もつられて笑った。

「あいつらが、おまえとの連絡役をやらせてくれって、うるせぇんだよ」

「連絡役?」

「俺が公衆電話なんか使うと、かえって目立つんだとよ」

「確かに」と思わず吹き出してしまった。

「新明くんみたいな人が使ってるの、最近見たことない」

いつも高級なスーツを着て、頭のてっぺんから足のつま先まで完璧にキメている人が、こそこそした様子で公衆電話を使うのはかえっておかしい。

想像しただけで、また笑いがこみ上げてくる。

「何がそんなにおかしいんだ」

「ごめん、いろいろ想像しちゃって。でもそう言ってくれる人が、近くにいてくれてよかったね」

「あぁ」と彼は頷いた。

「俺には兄貴しかいなかったからな。かわいいもんだ」



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