はぐれ雲。
目を閉じると、セーラー服姿の博子がはしゃぎながらそばを通り過ぎるような感覚に陥った。

彼女の声が聞こえる…

「馬鹿な…」と達也は首を横に振った。

しかし、

「…なのね。全然ダメじゃない…」

風にのって途切れ途切れの会話が、彼の耳をかすめる。

いや、空耳などではない。

驚いて辺りを見回す。

博子の声だ、間違いない。

しかし、人影は見えない。


目を凝らして達也はもう一度周囲を見回し、ある一点を見て息が止まった。

川べりに二つの影。

暗くなった川の色に、まるで溶けてしまいそうなその二つの影。

背の高い影は、川に向かって何かを投げているようだ。

そしてその隣の細くて華奢な影。

博子に違いなかった。

水面を見ては一喜一憂している。


「新明、亮二…か」

達也は直感的にそう思った。

胸がつかえたように、急に苦しくなる。

ああ、やはり博子はあの男を忘れてはいなかった。

そして今、人目を避けてあいつと会っている。

この場所で…

あいつとの思い出の場所で…

自分との思い出でもある、この場所で…


どす黒い感情がうずまくのを感じた。

それが嫉妬という名のものであるとわかっていた。

しかし、抑えようにも到底抑えられるものではない。

やり場のない感情に、彼はじっと耐えるしかなかった。


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