はぐれ雲。
先に休むと言ったものの、眠れるはずもなかった。

布団の中で、ずっと博子の様子をうかがっていた。

彼女は早く寝室に入った達也を気遣ってか、極力音を立てまいと片付けをしていた。

でも微かに聞こえてくる音で、彼女が何をしているのか手にとるようにわかる。

達也のカッターシャツにアイロンをかけてくれていたのもわかった。

スーツについた小さなほこりやゴミをとるために、ブラシをかけてくれたのもわかった。

毎日の聞き込みで、汚れてへたれた革靴を手入れしてくれたことも、全て音が達也に教えてくれる。

<どうしてなんだ…新明亮二を愛しているなら、彼のところへ行けばいい。俺のことは放っておいて、彼の胸へとびこめばいいじゃないか。なぜ俺に尽くす?なぜ俺に笑いかける?>

達也にはわからないことばかりだ。

それに新明亮二という名前を、以前どこかで聞いたことがある気がする。

真梨子に聞いたときからずっと考えていたが、思い出そうにも思い出せない。

<事件関係者か?いや違う。どこかでこの名前を聞いた、あるいは見た気がする>

あれこれ考えをめぐらせていると、時計は夜の12時近くを指していた。

博子はやっと今、布団に入るのだ。

彼女には背中を向けていたが、こちらをうかがう気配がしたので達也は眠っているふりをした。

横になると、そっと彼の背中に彼女は寄り添ってくる。

<博子…>

抱きしめたい衝動にかられた。

<こんなにも俺は博子を愛している。なのに、肝心の君の気持ちが全くわからない。俺を愛しているのか。それとも…新明亮二を愛しているのか>

達也はたまらず博子に向き直った。

「あ…ごめんなさい。起こしちゃった?」

彼女は驚いたようだ。

「いや、いいんだ」

そう言って、彼は博子を自分の胸に抱き寄せる。

安心したかのように、彼女は大きく息を吐くと体を預けてきた。


いつもは気にならない時計の秒針の音が、今夜はやけに大きく聞こえる気がする。

しばらくシャンプーの香りが漂う髪を撫でていると、いつしか胸の中で寝息が聞こえ始めた。

博子の顔を見る。

彼女は、達也の胸元をしっかりと握って眠っていた。

何ともいえない、愛おしさと嫉妬が、同時に彼を襲う。


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