はぐれ雲。
「…帰らなくてもいいの?」

「…ああ。親戚や近所の目があるから線香あげにきてくれるな、墓参りにも来てくれるな、だとよ。当然だよな、ヤクザやってんだから」

亮二は伸びをするように、暮れかかった空を見上げた。

カラスだろうか、数羽山に向かって飛んでいく。

巣が、帰るべき場所が、彼らにはあるのだろう。

「まさか、半年も前にくたばっちまったとは」

亮二はもう一度煙草を吸うと、細く煙を吐き出した。

「思いもしなかった」

白い煙の奥の、その彼の顔を見た瞬間、博子の胸がかきむしられるように痛んだ。

亮二の顔が悲しみで歪んでいたからだ。

立て続けに彼は煙草を吸う。

まるで煙で顔を隠すように。


博子に真夏のある日の出来事が蘇った。

蝉の声がやけにうるさく感じたあの日。
そう、亮二のお父さんの葬儀の日。

遺影をまっすぐに見つめて泣かない彼を見て、強い人なんだと思った。

でもそうじゃない。

今、やっとわかった気がする。


その辛そうな顔を見て初めて。

彼は泣かないんじゃなくて、泣けないのだと。

その鎧をつけた心が泣くのを許さないのだと。


博子の目に涙が溢れた。

亮二だってわかっているはずだ。

母を亡くして、泣きたい自分がいることを。

泣きたくても泣けない辛さに、顔をそんなふうに歪めて…


鼻をすする博子に亮二は顔をしかめた。

「なんでおまえが泣いてんだよ」

「いいでしょ、ほっといて」

「ったく、バカが」

バカでいいのよ、でも声にならなかった。


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