はぐれ雲。

少し前を博子が歩き、遅れて亮二がポケットに手を突っ込んだまま大股でゆっくり付いて行く。

「もう、早く!いつもはすぐ行っちゃうくせに」

振り返って彼女は声を張り上げる。

そうしないと波の音で打ち消されて、彼のところまで声が届かないからだ。

眩しい陽射しに目を細めながら、亮二は前を行く女の後ろ姿を見つめた。


その水族館らしき施設は、気をつけていないと見過ごしてしまいそうなほど小さかった。

辺りには入館者の気配も全くない。

「やってんのかよ」

亮二が舌打ちをした。

入館料大人一人500円、と手書きされた紙がセロテープで貼ってある。

薄暗い館内の様子を外から窺っていると、小さな受付窓が突然開き声がした。

「見学ですか」

無愛想な眼鏡をかけた学生風の男が、突然顔をのぞかせた。

「え…ええ」

「二人で千円です」

博子が財布を取り出すより前に、亮二が不機嫌そうに千円札を一枚差し出した。

「ごゆっくり」

そういうと学生はピシャリと窓を閉めた。

「なんだ、あいつ。俺たち客だぜ」

まぁまぁ、と博子はなだめた。

新明くんだっていつもあんな感じじゃない、と内心思いながら。

入り口、と書かれた重たい扉を押すと、長い間油を注していないのか、何ともいえない身がよじられるような音がした。

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