はぐれ雲。
館内はほとんど水槽の照明だけで、どこもかしこも薄暗い。

非常口を示す緑の光が、とても明るく感じられるほどだ。

案の定誰もいない。

大学の研究用に飼育されている生物を一般にも開放している、というものだった。

二人の足音だけが響く。

「こんなとこ、10分もあれば見終わっちまうな」

亮二が言うのも納得できるほど、小規模だった。

しかし狭い割には水槽の数が多く、その中には近海の海の生物が、果ては海外の珍しい生物までもが展示されていた。

たくさんの種類のタコやカニがいるかと思えば、熱帯魚もたくさんいる。
各水槽自体は小さいが、中身は充実していた。生き物の説明書きも詳しく記されている。

イルカやペンギンなどはいないが、大きな水族館にひけをとらないほどの、生物の数だった。

「思ったより、よかったね。人もいないし、穴場ね。私もこんなところがあったなんて、知らなかった」

「ああ」
亮二もまんざらではないようだ。

水槽のひとつひとつを彼女は丁寧に見ていった。

通路の所々には経費削減のためか、休憩用としてパイプ椅子が並べられている。

それを見た亮二が「まぁ、入館料が500円だしな」と鼻で笑った。


「ねぇ、ちょっと。これ浩介くんみたいよ」

「どれだよ」

彼らの視線を釘付けにしたのは、オレンジと白の派手な模様の体で、イソギンチャクの中をせわしなく泳ぐカクレクマノミだった。

「おお」
納得したように亮二が頷く。

「あっちにはおまえがいるじゃねぇか」

「どれ?」

亮二の指差す方向には、電気うなぎが太い体をくねらせていた。

水槽の上には、只今水中で何ボルトの電圧が発生しているかを表す電光掲示板がついている。

「どういう意味よ」

博子は服の上から彼の腕をつねった。

「ほら、ビリビリしてんじゃねぇかよ」

彼女はつねった指にもう一度力を入れた。

「あなたはね、最後の一言がいつも失礼なのよ」
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