はぐれ雲。
しばらく進むと、目の前が開けた。

まるでホールのようなつくりだ。
相変わらず薄暗い中、四方の壁にはたくさんの生物が個々の水槽でうごめいている。

そのホールの真ん中には天井までの円筒形の水槽があった。

ふと、亮二の姿が見えないことに気付く。

辺りを見回すと、彼は隅に設置された唯一の長いすに座り、目を閉じている。

「新明くん?」

「わりぃ。徹夜明けでよ。今日は一日中、家で休んでることになってんだ」
そう言って、辛そうに何度も顔を撫でた。

「そう…じゃあここで少し休もっか。誰も来ないだろうし」

自分の上着を彼の膝にかけると、博子は優しく微笑んだ。

しかし、その笑顔が無意識のうちに寂しそうな笑みに変ったことに、彼女自身は気付いてなかった。


亮二の寝顔を見るのは初めてだ。

意外に睫毛が長いんだな、と思った。

鼻筋も通っているし、今でいうイケメンであることは間違いない。

彼を取り巻く女たちが、黙っているわけがない。

<それに比べ、私は…>

暗い水槽にぼんやりと映る自分を見た。

髪を少し整えてみるが、溜息が出た。

美しくおしゃれで、そして何よりも若い女性をたくさん見てきた彼には、自分はくすんで見えるだろうに…

<それなのに、どうして私と会ってくれるの?>

彼の少し痩せた横顔に、そう問いかけた。



身震いをして、博子は腕をさする。

暖房も効いておらず、思いのほか寒い。

亮二の膝にかけた上着を、そっと彼の肩にかけなおす。

彼女は一度体を縮めると、中央の円筒形の水槽に近付いた。

青白くライトアップされた水の中で、クラゲがのんびりと揺らめいている。

しばらくの間、ぼうっと見とれていた。

なんて気持ちよさそうなんだろう。

半透明の体で、伸びたり縮んだり。

自分の意志で泳いでいるのか、

それとも、ただ流されているだけなのか。



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