はぐれ雲。
亮二は、博子が見ていた水槽に目を留め「嫌いなんだよな、クラゲ」そう言った。

「ガキん時に家族で海水浴に行ったことがあってよ。俺がクラゲに刺されちまって」

彼はライトアップされたクラゲの水槽に近付いた。

「痛いのなんのって。兄貴が俺を背負って砂浜走ってさ、おふくろのところまで運んでくれた。
そしたらおふくろ慌ててさ。
周りに『お酢持ってないですか』って聞いて回るんだよ。クラゲに刺されたら酢が効くんだっつって。本当かよって。
でも、持ってきてるやつなんていないぜ、海水浴場に。恥ずかしいからやめろっつってさ」

彼は、指先で流れるような動きのクラゲを追う。

それ以上彼は何も言わなかった。

家族のことを話してくれるのは初めてだ。

懐かしそうな表情の彼を見て、博子の胸は痛む。

きっとお兄さんに会いたいに違いない。
お母さんに手を合わせたいに違いない。

「新明くんのお兄さん、弟思いなんだね」

「さあな。おふくろと自分を捨ててヤクザになったやつのことなんて、早く忘れたいだろうよ。
親戚に会わせる顔がねぇって、ぼやいてたぜ」

亮二は両手をポケットに突っ込んだ。

「でも、お兄さんは半年もかかってあなたのことを探したんでしょ」

「……」

「私、一人っ子だから、偉そうなこといえないけど…でももし私に弟か妹がいて、その子のことどうでもいいって思ってたら、そんなに時間かけて探さないと思う」

彼は黙ってクラゲを見ている。

「信州に来るなって言ったのも、親戚の人たちからあなたを守りたかったんじゃないのかな。
あなたを傷付ける人や言葉から、あなたを守ってあげたかったんじゃないかな。
お母さんだって、きっと最期まであなたを心配してたと思う」

それでも彼は微動だにしなかった。

「あの、わかったようなこと言って、ごめんなさい」

余計なことを言ってしまった、そう思った。

彼の気持ちを何でもわかっているつもりだったけど、本当は何も知らないのだ。
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