はぐれ雲。
「逃げたんだよ、俺は」
やっと彼は口を開いた。

「おふくろの実家には居場所なんてなくてな。おふくろも、兄貴もだ。肩身のせまい思いしてよ。それがたまらなくて、俺はあの二人を置いて逃げた」

背中が泣いていた。

「自分の居場所を探して、あちこちした。結局、元いた場所に帰ってきてた。そこでもやっぱり俺の居場所はなかった。気付いたら、今の世界に入り込んでた。そのことを後悔はしていない。
ただ、たまに思うことがある。
もし、戻ってきた時に…」

「戻ってきた時に?」

亮二が博子を振り返った。

辺りが暗くて、表情がわからない。

「…いや、何でもない」

博子はあえて無理に聞こうとはしなかった。

「ったく、クラゲなんてこりごりだぜ」

水槽を見上げ、ガラス越しにのんびりと漂うクラゲを指で弾いた。

背の高いシルエットが、青白い光の中に浮かび上がる。

まるで、その光に溶け出してしまいそうに。


慌てて博子は彼の腕をつかんだ。

「どうした?」

目を細めて水槽を見たままの彼が訊いた。

<ねぇ、新明くん。
今あなたがこの光の中へ消えてしまいそうで、怖かったの。手の届かない遠くへ行っていまいそうで、たまらなく不安になったの>

「ううん、別になんでもないわ」

すると、亮二がその心の声を聞いたかのように博子を見た。

まるで「心配するな」と言わんばかりに。

優しく微笑んで…

<ねぇ、新明くん。
私が今何を考えているか、わかる?
あなたと一緒にこの光の中に融けていきたい…そう思ってる>
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