はぐれ雲。
「私は彼と食事して昔話を楽しんだだけです。でも暴力団組員だと知らなかったんだから、仕方ないじゃないですか」

「わかりました、加瀬さん…では、その食事中、昔話をされたと言いましたね?」

「ええ、中学の時の話とか…」

「何回も会ったのに、それだけですか。他には?」

「お互いの近況報告もしました」

「彼は何と?」

「会社を経営していると言っていました」

「具体的にはどんな?」

「詳しくはわかりませんが、飲食店を何店舗か…」

「なるほどね。では、加瀬さんは彼には何と?」

「専業主婦だと」

「ご主人の職業については言いましたか?」

「いいえ。会社員だと言っただけです」

「どうしてまたご主人が警察官だということを隠したんですか」

「隠しただなんて。常々加瀬から、あまり人には夫が警察官だということを言わないようにと言われていますので。世の中には警察官を目の敵にしている人も少なくないって…」

「そうですか。では、新明さんもあなたのご主人が警察官だということは知らなかったというわけですね」

「はい。私の口からは申してませんから」

「新明さんの方から、ご主人の仕事について何か聞かれたことは?」

「ありません」

「そう、ですか…では、7月を最後にどうして会うのをやめたんですか」

「私たちが会っていることを、新明さんの恋人が知ったんです。その…湊川さん?でしたっけ。それで彼の方から、彼女は嫉妬深くて怒っているから、会うのをやめたいと。彼女に誤解されたくないから、と」

「だから会わなくなった、と」

「はい、そうです」

そう言って、博子は一度髪を触った。

「結婚している身で男友達と会うことに、私も負い目を感じていましたので…
新明さんにもう会わないでおこうって切り出されて、私もいい機会だと思って。それっきりです」

安住はボールペンで頭をかいた。

「どうしてご主人に会っていることを黙ってたんですか」

「…それは…お恥ずかしいお話ですが、その時は喧嘩をしてましたので…。加瀬もいつも仕事でいませんし、なんだか言いそびれてしまって、そのまま…夫婦にはいろいろとあるんです。安住さんにはおわかりにならないでしょうけれど」

独身の刑事を前に、博子は嫌味をこめて言った。


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