はぐれ雲。
「確かに、加瀬に何も言わずに新明さんに会っていたことは認めます。でも、夫を愛してるからこそ、新明さんと先輩後輩を超えた関係になるなんて、考えもしなかった。警察の情報を流すだなんて、あり得ません。本当にただ懐かしくて会ってただけです」
「それを証明できますか」
「残念ながら、あなたたちが納得されるような証明は、無理でしょうね。でも私には夫しかいません。彼のために掃除をし洗濯をし、食事を作って毎日帰りを待つ、それが私の全てです」
「だからこそ、そんな日常から抜け出したい、そう思ったのでは?」
安住の顔がとても意地悪に見える。
「あなたのおっしゃる通り、そうかもしれませんね」
柔らかな笑みを浮かべながら、彼女はちらりと透視鏡の窓を見た。
「ですが、私は社会に出た経験がありません。いつも、どんな時も加瀬が私を守ってくれました。だから世の中というものがよくわかりません。人を欺いたり、陥れたりまでして生きていく術を私は知らないんです。
そんな私が、不倫や情報漏洩など、何事もなかったかのように振舞いながらできると思いますか?加瀬は刑事です。もし私がそんなことをしていたら、もっと早くに気付くはずです」
「加瀬さん…」
安住が何か言いた気に彼女を見たが、それを制するように、博子は続けた。
「では、逆にお聞きします。
私と新明さんが深い関係だとおっしゃる確かな証拠はあるんですか。ホテルから出てくる写真でもあるんですか?新明さんの暴力団に、警察の情報が漏れたという事実はあるんですか?あったとしたら、それはどんな情報ですか?」
また安住が困った顔で笑った。
「答えられませんよね。そんな事実はないんですから」
実際に亮二と博子の間には、そんな利害関係などないのだから。
ただ、お互いが心の支え、それだけだったのだから。
「決して私は、加瀬の正義を踏みにじるようなことはしていません」