はぐれ雲。
「思い出しましたか?」
「…ええ」
「あんなに素早くて力強い面をくらったのは、後にも先にもあの時だけです」
亮二は暖をとるかのように、缶コーヒーを両手で包んでいた。
「あんなのまぐれですよ」
「それはあり得ません。僕の動きをあなたは全てよんでいた。そういえば、まぐれだって、当時も言ってましたね」
亮二がそうだったかな、というふうに微かに笑った。
「正直、なんて無愛想な奴だろうって思いました。その時の印象と、先ほどの新明さんの印象がかけはなれているので、おかしいなって。
今だってそう、あの時と同じことを言ってる。人の性格って、そう簡単には変わりませんよ。
…さっき、刑事に話したことは嘘、ですね」
「嘘じゃありませんよ。売春斡旋なんて…」
達也は軽く笑って訂正する。まるで、「わかってるくせに」と言いたげな笑いだ。
「いえ、そちらではなく、博子のことですよ」
博子、その名に二人の間で一瞬、時が止まったかのような静寂が訪れる。
「昨日、彼女の事情聴取がありました」
その言葉に、亮二の周りの空気に緊張が走ったのを達也も感じ取った。
「彼女はあなたが圭条会の人間であると知らなかった、そう最後まで言い張りました。警察も舌を巻くほどに」
隣の男は安堵したように一息つく。
「ですが、僕はそれも嘘だと思っています」
「……」
「悔しい話ですが、彼女はひとりで今回の聴取を乗り切りました。たったひとりで、です。
僕に助けを求めなかった。期待してたんですけどね、頼ってくれることを」
そう自分を嘲るように、達也は鼻で笑った。