はぐれ雲。
「これが組織や。わしも組織の人間や。
おまえも解決のためには理不尽に思うことを、これから山ほど経験していくやろう。
わしがその壁を乗り越える術を教える立場やったんや。せやけど、教える前に、わしがおまえにそれを仕掛けてしまったことは、本当に申し訳ないと思うてる。悪かった、すまん」

桜井はもう一度深々と頭を下げた。

達也は勢いよくファイルを閉じると、桜井の肩をつかんだ。

「顔を上げてください、桜井さん。妻が新明と会っていたのは事実です。そのことを棚にあげ、カッとなってしまって恥ずかしいかぎりです」


暗い廊下の長いすに座る二人の姿が、自販機の明かりで照らし出される。


桜井は例のファイルを片手に話す。

「わしはなぁ、どうしても圭条会の家宅捜索にこぎつけたかったんや。あんな小さな女の子がやで、一番かわいい盛りの子が、血の海の中で両親に守られるように死んどってみぃ…
やっぱりあきらめられんでな」

「……」

「さっき言うた林に今一番近い人間が、新明亮二や」

「え?」

「飯島が殺された後に、林は暴走族のリーダーやっとった新明に目をつけて引き抜いた。まぁ、飯島の後釜やな」

「新明が?」

「あいつは相当危ない橋を渡ってきとる。若いのに圭条会での今のポジションはなかなか難しいやろ。ムショにも入らんと、指も詰めんと、ようここまでのし上がってきたもんや」

「……」

「しかもあの男、若いくせに時々見せる顔に何とも言えん陰がある。かなりの修羅場をくぐりぬけてきた感じやな」

桜井が顎を撫でた。

中途半端に伸びたひげが固い掌の皮に擦れて、ゾリゾリと音を立てる。

「あの、実は…僕はあの新明と以前会ったことがあるんです」

「いつや?」

「高校の剣道の試合です。決勝戦の相手でした。あいにく僕の完敗でしたが、その時思ったんです。なんて真っ直ぐな剣道なんだろうって。勝つことばかりにこだわっていた自分の剣道が、あいつに否定されたようで…それから、剣道に対する考え方が変わりました。新明が変えたんですよ、僕を。当時のあいつはぶっきらぼうでしたが、間違いなく真っ直ぐなやつでした」

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