はぐれ雲。
博子が実家に身を寄せてから、一週間が経っていた。自室にこもり、食事もろくに摂らない。

彼女は大半をベッドにうつぶせて過ごす。
結婚してからもう7年にもなるのに、学生時代に使っていた部屋そのままに、両親は残してくれている。


博子の事情聴取が行われた次の日の夜遅く、達也が実家を訪ねてきた。

「夜分申し訳ありません。少し博子と話がしたいのですが」

玄関でそんな達也の声がすると、階段を上がってくる気配がした。

「博子、入るよ」
そう言って軽くノックすると、返事を待たずに彼は部屋に入ってくる。

博子はベッドに腰かけて、彼を迎え入れた。

「ご飯、ちゃんと食べてる?」

「…ええ」

「……」

気まずい雰囲気が流れる。

お互い何から話せばいいのかわからない。


「昨日、青木が来たんだ」

「そう」

きっと離婚届を渡しに行ってくれたのだと、彼女は思った。

「君が頼んだんだろ、あれ。でもこれだけは言っておくよ…離婚はしない」

「達也さん」

博子は思わず立ち上がった。

「絶対に離婚はしない。届けも破棄した」

真剣な目で、もう一度彼は言った。

「でも、このままじゃ…」

「俺の両親、離婚してるだろ。嫌なんだ、親子二代でそういうの」

「それが理由なの?それが?」

博子の問いに、達也は答えない。

「…君が俺を愛してなくてもいいんだ。でも離婚だけは絶対にしないから」

「……」

「今日はそれだけを言いに来たんだ」

そう言い終わると、達也は足早に部屋を出た。

博子には話す隙を与えない雰囲気だった。


一階から、「お義父さん、すみませんでした、こんな遅くに」と声がする。

「いいんだ、いいんだよ。今度はもっと早く来てくれよ。一緒に飲みたいんだ」

「ぜひ次は必ず」

階下のそんな彼の声がずっと遠くから聞こえた気がして、博子はベッドに崩れ落ちるように腰かけた。



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