はぐれ雲。
次の日、博子はゆっくりと階段を下りた。

「あら、どっか行くの?」と、母の幸恵がやけに明るく訊いてきた。

母は母で、気を遣っているのだろう。

「うん。ちょっと外の空気を吸いに」

そう言って靴を履いていると、

「そんな格好で行くつもり?風邪ひくわよ、コートくらい着て行きなさいよ」と言われて初めて気付く。

「ああ、ほんとね」
クスッと笑って、博子は薄手のセーターの張り付いた腕を見た。

「…大丈夫?」

母が心配そうに顔を覗き込む。

「大丈夫よ」

そう言ってコートを取ってくると、
「ついでに買ってきてほしいものがあるのよ」と幸恵は片目をつぶった。

「はいはい、わかりました」そう答えて、改めて靴を履く。

「何を買ってきたらいいの?」

立ち上がって振り向いた娘に、幸恵は少なからずショックを受けた。

この娘はこんなに小さかったかしら、と思うほどに、目の前の博子は心も体も弱りきっているようだった。

「あの…、辛子よ、辛子。
今夜はおでんにしようと思って。あんた、大根好きでしょ?トロトロに煮込んでおくから」

力なく笑うと、博子は視線を足元に落とした。

「うん、楽しみにしてる。じゃあ、行って来ます」

そんな娘の後ろ姿を、やるせない思いで母は見つめた。


突然の横風に、博子はマフラーに顔をうずめた。

冬の土手のこの道は、さすがに寒い。

ゆっくりと茶色一色の斜面を見ながら、ポケットに両手を突っ込んで歩いていた。

風が黒髪を頬に唇にと、まとわりつかせる。

足を踏み出すたびに、小さな砂利が音を立てた。


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