はぐれ雲。
<また?また、桜?
ずっと前にも、こうやって私に桜の花びらが降ってきたわね。最初に、彼を失った時も。
彼が何も言わずに去っていったのも、そう、春だった。あれは私を慰めていたの?それとも、哀れんでいたの?ねぇ、どっち?>


そんな桜が、また目の前に。

博子は桜の太い幹に、そっと手を当てた。

<私ね、春が、桜が、嫌いよ。大嫌い。
少しも綺麗だなんて思わない。
だから、馴れ馴れしく私の肩に落ちてこないで!>

春はどうして彼を奪うのか。

どうして彼でなくてはいけないのか。

なぜ、二度も博子から彼を取り上げる必要があるのか。

どうして、この二人でなければいけなかったのか。




気が付けば、この河原に来ていた。

彼女は黒い河面に目をやる。

吸い込まれそうに真っ暗で、水がせめぎ合う音しか聞こえない。

彼女は自分を責めていた。

責めることでしか、自分を保っていられなかったから。

<私がいなければ、こんなことにならなかった。私があの日、新明くんに声をかけなければ、会いに行かなければ、彼はリサという女性とも別れることはなかった。そして彼女も犯罪に手を染めることもなかった。
新明くんもそう。
あのレンという男に恨まれて、命を奪われることはなかった。
私の存在が、多くの人を不幸にした。あげくの果てに、大切な人の命が消えてしまった。
私のせいで、達也さんも、真梨子も、苦しみ抜いた。全ては私がいるから…>


博子は水辺に立つ。

風が彼女の黒髪を弄ぶ。


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