はぐれ雲。
川の水は、まだ冷たかった。

「ごめんなさい。みんなごめんなさい…」

一歩、また一歩と博子は河に入っていった。

進むたびに、流れが足にまとわりついて、重くなる。


今の彼女にとって、死ぬことなんて怖くなかった。

このまま生き続けることのほうが、何倍も怖い。

周りの人たちを不幸にしてしまう自分を、消し去ってしまいたかった。


すでに腰の辺りまで水が来ている。

<もうすぐ楽になれる。もう何も悩まなくてすむ>


流れに身を委ねようとした瞬間、誰かに腕を捕まれ、岸に引き戻される感覚があった。

驚いて後ろを振り返る。


「何してるんだ!!」

達也だった。

「戻るんだ!!」

「嫌!離して!死なせて!」

博子は力の限り抵抗した。

手を振り払おうと、もがく。

「博子!!」

達也も必死だった。

つかんだ彼女の手を決して離そうとはしない。


二人は真っ暗な河の中で争い、水を何度も飲んだ。

胃が痛くなるほど、冷たく感じた。

「離して!」

彼らの叫ぶような声も、川の流れにかき消されていく。

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