はぐれ雲。
中をのぞくと、そこには男が冬なのに上半身裸であぐらをかき、煙草を吸っていた。

上がり口でレンは呆然と男を見る。

レンがいることに気付いているはずなのに、男はただ伏目がちに煙草を燻らせる。筋肉の盛り上がった腕は、褐色に光っているように見えた。

奥の布団が敷かれた部屋では、母がこちらに背中を向けて眠っていた。

いつもと一緒の光景だ。

仕事を追え、昼過ぎまでこうやって眠るのが母の生活パターンだ。

しかし、一つ違うところがあった。

彼女がパジャマを着ていないということ。

シミーズの肩紐がずれ、肩甲骨があらわになっている。

レンは怒りに満ちた目で、その男を見た。

<俺の母さんだぞ!>

その心の叫びが聞こえたのだろうか、若い男がレンを初めて見た。
体に似合わず、切れ長で透き通るような瞳。人の心を全て読み取ってしまいそうな、その冷たく、澄んだ目。

その目がレンに、こうささやいたような気がした。

<悔しいか?悔しいだろ。大好きなおふくろさんは、おれに夢中だ。所詮、おまえなんかにあいつを悦ばせることはできないんだよ。わかったか、ガキ>と。

レンは頭をガツンと強く殴られたような感覚に襲われ、後ずさりした。

玄関の敷居につまずき、しりもちをついた。

慌てて立ち上がると、その場を逃げ出すかのように、走った。

あの目が忘れられない。
何もかも見透かし、やけに澄んだ冷たい男の瞳が…。



「わあああ!」

レンは叫び続けた。

「母さん!母さんを返せよ!あああ!」

彼にとって新明亮二のあの目は、母を奪った男を彷彿とさせるものだった。

亮二の瞳が、母のはだけた背中を思い出させる。

怖かった、ただ怖かった。

「母さん!!」

< 376 / 432 >

この作品をシェア

pagetop