はぐれ雲。
「ただいま」
玄関で靴を脱いでいると、博子が顔を出した。

「おかえりなさい…」
決して良いとは言えない顔色だ。

「横になってていいんだから、さあ」

達也は彼女の肩を抱くと、寝室へと連れて行った。

触れた肩の骨が、以前にも増して浮き出ていることに彼は気付いた。

「でも」

「簡単なものなら、俺だって作れるって。だてに大学4年間、一人暮らししてたんじゃないよ」

「…うん」
元気がなかった。

無理もない、亮二が亡くなってからまだそんなに日が経っていないのだから。

「何かリクエストある?
チャーハンか、スパゲッティか、カレーライスの三択なんだけど」

横になったまま、彼女は力なくふっと笑った。

「おすすめは?」

「実は、どれもおすすめできない」

「なにそれ」
クスクスと笑う。

達也はネクタイを緩めながら博子の枕元に座ると、優しく髪を撫でた。

そんな彼を、博子も大きな瞳で見上げる。

「……」

「……」

「さて、と。じゃあ何か作るかな」
達也は上着を持って立ち上がった。

「ごめんね」

「まずくても食べるんだよ」

「うん」

しばらくすると、キッチンから様々な音が聞こえ始めた。
冷蔵庫の野菜室を開け閉めする音、シンク下から鍋やフライパンを出す音、水の流れる音、包丁が奏でる、ぎこちない音…

博子は目を閉じて、それらの音に耳を澄ます。

あの夜のことを思い出していた。

死のうとした自分を、力いっぱいその腕で抱きしめてくれた達也。

そんな彼の胸で、自分は泣きながら亮二の名前を呼んだ、何度も何度も。

それなのに、何も言わず優しく接してくれる達也を目の当たりにするたびに、胸が痛かっ
た。

閉じた目から、涙が流れる。

<私は、本当にこの人に甘え続けてもいいのかしら…>と。

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