ハルアトスの姫君―君の始まり―
* * *

「ジア。」


名前を呼ばれていることは分かっていた。
それでもキースの目を見ることができないのは、怖かったからだ。


「ジア。」


それでも変わらずに呼ばれる名前。つい、反応してしまいそうになる。
それでもそのままただ前を見つめ、動かない。


「ごめんね。でもジアがこっち向かないからだよ?」


ちょっと怒ったような、拗ねたような声でそう言われる。
前足の脇に手を入れられ、抱き上げられた。
ぎょっとした顔になったのはもちろんあたしだ。


「やっと目が合った。」


持ち上げられてしまっては何の抵抗もできない。
目が合ったと言うよりは合わせられたと言った方が正しい。


「…猫になっちゃっても変わらないね、ジアは。」


キースの言葉の意味が分からなかった。
分かるのは、目の前のキースの笑顔がとてつもなく優しいということだけだ。


「ジアの目は変わらない。それだけで、俺には充分だよ。」


何の躊躇いも迷いもなく、キースははっきりとそう言った。
この時初めて、猫で良かったとそう思った。
猫でなければ、顔を真っ赤にして大泣きしていただろう。


ずっとずっと心の奥底で欲しいと願っていたもの。
その言葉が、その温もりが優しくて心地良い。


キースに抱きかかえられたままソファーへと移る。
ゆっくりとソファーの上に下ろされた。

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