飛べない黒猫
窓ガラスを濡らす雨は、チラチラと舞い落ちる雪に変わっていた。
地面に落ちると同時に解ける雪は、暗い夜の闇に吸い込まれるように消えて無くなる。



真央は身震いした。


純白の美しい結晶が、ほんのひと時しか存在しない儚さ。
闇の中に消えて、無となった後の…死を連想させる怖ろしさ。


黒い靄は不安と恐怖と悲しさを取り込み、重く密度を増していく。
それは、彼女から決して離れることはない。

事あるごとに彼女の背中を撫で上げ、スキがあれば目ざとく見つけて、そこから彼女の内部に入り込む。
そして心の核を握りつぶして壊そうとするのだ。



怖い…
真央は、窓の外の暗闇から目をそむける。



暖炉の前には小振りなペルシャ絨毯が敷かれている。
ソファーに並べてあった背当てクッション1つを持ち、暖炉の前に座った。

クロオが膝の上にのぼってきて、ゴロゴロと喉を鳴らして目を細める。
真央はクロオの背中を撫でて、穏やかに微笑む父親と、これから新しい家族になるだろう客人達の楽しげな会話をぼんやり聞いていた。



猫の名前は真央が名づけた。


クロオは、庭に迷い込んで来た猫だった。
手のひらに乗るくらい小さく軽い子猫は、恐怖と空腹で震えていた。

母を亡くし、家に閉じこもっていた時だったから。
真央は、母親とはぐれ独りぼっちの惨めな子猫に、自分を重ね合わせたのかもしれない。

優しく抱きしめ、こっそりと自分の部屋に連れて行ったのだった。

黒かったので自然に【クロオ】となった。
しかし、クロオは、その日のうちに和野に見つかってしまった。


普段、聞き分けの良い真央だったが、ガンとしてクロオを離さなかった。

自分が育てると必死になって懇願するものだから、根負けしたようで…
夜には、和野の口添えで父親の承諾を得る事が出来た。

こうして無事に、クロオは青田家での居住権を得たのだ。


「この子は何て呼んだらいいのかな。」

父親から、名前を聞かれたので教えると

「えっ、黒男(くろお)?…この子は女の子だよ」

と言われた…が、もう既に遅かった。

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