飛べない黒猫

真央は、微動だにせず蓮を見ている。
また涙が、ひと粒落ちる。

蓮は視線を落とした。


「…君を傷つけるつもりじゃなかった。
こんな事を言うなんて…
ごめん。
俺は自分の感情も抑えることが出来ないようだ。
…情けないね。」


蓮は真央に触れていた手をダラリと下げ、ゆっくり真央から離れた。


「一人にしてくれないか…
未熟な俺には、もう少し時間が必要みたいだね。
大丈夫だよ、こーゆーのには馴れているから、平気…」


蓮が言い終わるより先に、真央はうなだれた蓮の頭を両腕でしっかり抱きしめた。

蓮の頭の上に頬を乗せるようにして、全身で蓮を抱き包む。

そして、蓮が耳にしたのは、消え入りそうな少女の声。


「大丈夫、怖くない…から…
真央が…守ってあげる…
寂しく、ないよ…ひとりぼっちじゃない…
真央が…一緒…。」


真央の声だった。


初めて聞いた真央の声は、か細く、たどたどしい。
しかし、その響きは愛情に満ちていて、すさんだ蓮の心に染み渡っていくようだった。


「真央、言葉が…俺は…」


声を出して初めて、蓮は自分の声が泣き声になっているのに気がづいた。
涙は、後から後から溢れ出る。
どうすることも出来なかった。


「真央の、お母さん…
真央を守って、死んだの…
刺されたのに、血がいっぱい出ていたのに…痛いのに…
真央は大丈夫？怪我は？って、聞いて…
なんともないって言ったら…良かったって、言って。
良かった…って、真央に笑いかけて…死んじゃったの…」


真央は蓮を抱きしめたまま、震える小さな声で必死に話す。


「蓮の…お母さんも、気持ちは同じ…。
蓮を守る…
自分より…子供を、赤ちゃんを…守るの。
生まれてきて、生きてて、無事で、良かったって…
真央のお母さんと、同じ…なんだね…」