ONLOOKER Ⅲ


普段に比べれば、元気がないのは明らかだ。
だがそれは、直姫が彼女をそれなりに知っているからそうわかるのであって、他の生徒からすれば、石蕗紅が嫌がらせを受けているということすら、ただの噂だったのだとか、もうとっくに終わった話なのだとか、そんな認識なのだろう。

紅は、直姫のフェイクが、ただ犯人の良心に訴えかけるためのものだと、本気で思っているようだった。
夏生や直姫にしてみればそれはおまけのようなもので、噂を広められるだけ広めて犯人を疑心暗鬼に陥らせることこそが、真の目的である。

犯人にまで直姫の怪我の噂が届けば、同情心や良心の呵責を感じて危険ないやがらせをやめてくれると、紅は本当に思っているのだ。
こんなに優秀な頭脳をもってして、どうやってこんなに無垢に育つことができたのか、直姫には不思議でしょうがない。


「……わかりました。それじゃあ、失礼します。今日は生徒会室、行かなくていいんですよね?」
「あぁ……直姫、なにか用事があったんじゃなかったのか?」
「いえ、とりあえず校内を適当にうろつけって言われただけなんで」
「夏生か? 相変わらず人使いの荒い奴だな」


紅の心からの笑顔は、いつも、控えめだ。
大きな目を細めて、歯を少しだけ見せて、とても不器用に笑う。

だからこそ、そこに表れる変化がわかりにくいのだろう。
彼女はここ二週間近くもずっと、細やかだが陰湿で、辛いというよりは面倒で、悲しみよりは苛立ちが先にくるような、そんな行為を人知れず受け続けているのだ。
そのストレスはどれほどのものだろう。


(……強い、な)


その強さや底なしの人の良さには、あまり見倣いたくはないと、直姫は思う。

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