前略、肉食お嬢様②―カノジョな俺は婿養子―
ところかわって女子トイレ。
手洗い場でハンカチを濡らし、制服に飛んだ茶を拭っている鈴理は「それで?」なんでわざと茶を零したのだと相手に詰問している最中だった。
自分に話があるから、こんなことをしたのだろう?
クドイやり方だ、鈴理は鼻を鳴らして相手を流し目にする。
何の話やら、玲は目前の鏡越しに好敵手を捉えておどけてみせた。
白々しいこと極まりない。
「誤魔化されないぞ」
制服まで汚して、自分に何の用だと鈴理は玲に質問を飛ばす。
おふざけをやめたのか、玲は濡らしたハンカチを絞って学ランについた茶を拭いながらそっと口を開くいた。
「豊福という男は関われば関わるほど面白いな。良くも悪くも純粋というか、ケチというか、なんというか…、まったくあの性格には惚れるよ。攻めたくなるのも分かる」
「まさかその話のためだけにあたしを誘い出したのか?」
だったら汚れ損だと鈴理は舌を鳴らした。
玲に謂われずとも、そんなことは十も百も千も知っている。
鈴理にとっては今更な話だった。
不機嫌にハンカチで制服を擦っていると、「君は」あの男を守っているようで守られているな、意味深な台詞を向けられた。
手を止めて、好敵手を見やる。鏡越しに目が合った。
「守られている?」どういう意味だと玲に尋ねる。
彼女は平坦な声音で、率直な気持ちだ。聞き流してもいいと肩を竦めた。
「表向きでは豊福を守っているようで、内側じゃ豊福に守られている。そう思っただけさ」
「まったくもって意味が分からないのだが」
「なあ鈴理。何故、大雅と許婚を白紙にしないんだ?」
鏡面から視線を外し、体ごと振り返ってくる玲は鈴理に聞いた。
どうして幼馴染みとの関係を白紙にしないのか、と。
お互いにその気がないことは知っている。
とはいえ、財閥のことを考えていないわけではないだろう。
許婚とは別の形で竹之内財閥と二階堂財閥の間を取り持てばいい。
それを知っているくせに、何故許婚という関係を白紙にしないのか、玲には不思議でならなかった。