前略、肉食お嬢様②―カノジョな俺は婿養子―


「―――…おい兄貴、なんで豊福にあんな質問をしたんだよ」

「空の裏事情は楓さんにも話した筈ですよ。仮にもあたしの意中なのですから、あまり追い詰めるような質問は控えて下さい」
 

咎めの声を受けながら、楓は大雅の通学鞄から盗んだペロペロキャンディを一舐めして含み笑いを浮かべる。

ますます眉根を寄せる二人は説明を求めてくるが、楓は決して答えなかった。


(まだ御堂淳蔵は動いていないか。……ごめんけど、僕は大雅と鈴理ちゃんが可愛いからね)
 

もしものことがあれば斬り捨てるよ。敵である以上は、必ず。


その物騒な呟きは誰にも届かない。


 
 

一方、玲と先に会場に入ったさと子は居心地の悪い念を抱いていた。
 
先程会話した人達が誰なのか、さと子には一抹も知る由が無いのだが只ならぬ関係だということは理解していた。

元カノだのなんだの言葉を交わしていただけあって、恋愛でゴタゴタした関係柄なのだと把握はできたのだが。


さと子は長テーブルの表面を見つめ、チラッと隣を一瞥する。

そこには険しい面持ちの玲がスマホを触っていた。視線を戻してさと子は冷汗を流す。
 

(あの方。元カノだって言っていたけど、それって空さまの……、ううん、でも今はお嬢様の彼氏様ですもの。美人だったけど、過去がどうあれ空さまはお嬢様を慕いしている)
 

とはいえ、この空気の重さは勘弁してもらいたい。
 

耐えかねたさと子は自分も手洗いに行ってくると玲に告げた。

かすかに表情を変えてスマホから視線を逸らした玲は、すぐに戻ってくるようにとおどけてくる。


一人では寂しいからね、と冗談を口にする彼女にホッと胸を撫で下ろしつつ、さと子はすぐさま会場から飛び出した。


手洗いなど口実。

空を迎えに行こうと思ったのだ。

 
否、空に心境を聞こうと思ったのだ。


今、お慕いしているのは玲お嬢様ですよね? と。
 

(惚気られたらそれをお嬢様に伝えよう。大丈夫、空さまはきっとお嬢様を選んで……、あ、空さま)
 


手洗い前に立っていたのは、さと子が捜していた張本人。
 

「それにあれは大旦那様?」


さと子は眉根を寄せた。
空は玲の祖父と会話しているようだった。

上司の蘭子から大旦那の話は聞いているのだが、さと子自身、あまり大旦那に対して好いイメージは持っていない。

なにより玲の哀しげな面持ちを見てしまっている。

性別のせいで区別されていることを知っているため、大旦那は好きではなかった。
 
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