前略、肉食お嬢様②―カノジョな俺は婿養子―




「空、ではないか」


予想通り、そこには元カレが立っていた。
珍しいこともあるものである。


別れてから一度たりとも、此処に足を運ばなかったのに。


「今。大丈夫っすか?」


遠慮がちに尋ねてくる彼に、

「あたしは平気だ」

なんだ、お誘いにでもきたのか? そうおどけると、そんなところだと肩を竦めて空もおどけてきた。
 

違和感を感じたのはこの直後である。

初心(ウブ)な彼が自分のおどけに乗ってくれるような性格だっただろうか?


場所を変えたいと申し出てきたため、承諾して移動する。

赴いた場所は自分達が最後にキスを交わした第二プール館の裏。


ご丁寧にあの木陰まで自分を誘導した。

此処に呼び出した、ということはそれなりに理由があるのだろう。


鈴理は立ち止まって木の幹に視線を留めている彼を見つめる。


「空。どうしたのだ?」


何かあったのか?

問い掛けると、彼は木の幹を見つめ、見つめ、見つめ、重々しい溜息をついて此方を流し目にしてくる。


「先輩。憶えてますか? 此処で会話した内容」


別れ話、を指しているのだろうか?

あまり思い出したくない内容だが、憶えているには憶えている。

首肯すると彼は一呼吸おいて、

「先輩。世界が終わる例え話をしましたね?」

とクエッション。



次いで、
 

  
「もし、本当に世界が今日で終わるなら……、先輩は俺と交わってくれますか?」



―――…ナニを言って。


零れんばかりに目を見開く鈴理に、「例え話っすよ」もしもそんな日が来たら、貴方は俺とセックスしてくれますか? 後輩は目尻を下げて聞いてくる。

まさか後輩の口からそんな問い掛けが出てくるとは思わなかった。

これは只事ではない。

いや、確かにお誘いなら嬉しい。
すこぶる嬉しい。
今すぐ押し倒して以下省略。
 

だが、ケースにもよる。


正直言って今の発言はあまり嬉しくない。

何より彼には婚約者がいるのだ。
婚約者を除外していかがわしい発言をするほど、彼の性欲意識は甘くない。

ああ、甘くないとも。
甘かったら容易くセックスしていたさ!
今頃がぶりのむしゃむしゃの攻め女万歳ワールドだったさ! 
 

「空。なんか変だぞ? やはり何かあったんだろう?」
 

憂慮の念を向けると、「どうでしょう?」あったかもしれませんし、なかったかもしれません、彼は細く綻んだ。


ますます様子がおかしい。

彼がいつもの彼ではない。
これでも長く彼の姿を見守っていたのだ。


態度の差異は明らかだ。


困惑する鈴理に彼は妖艶な笑みを浮かべてくる。

「何かあったら」俺のお願い、聞いてくれますか? その問い掛けに違和感が増すのは言うまでもない。

 
「ねえ先輩。浮気は一人じゃできない。二人の合意があって初めて成立する行為だと前に教えてくれましたよね?」


なら今この場で、俺は貴方に合意を求めましょう。

鈴理先輩、俺と合意して下さい。
合意してくれるのならば、貴方の抱えている望みを叶えましょう。


「俺の願いを叶えてくれるのなら、どうぞ俺を好きにして下さい。これは交渉です」
 
「まどろっこしい言い方だが……、まさかセックスのお誘いか?」


天と地がひっくり返っても想像ができない疑問を念頭に置き、訝しげに尋ねる。

即答でそのまさかだと彼。


たっぷり間を置いて 「あんたがあたしを誘っているのか?」指差して聞けば、「そうっす」彼が真面目に頷いた。


「あんたがぁ?」もう一度聞き直せば、「そ。そうっす!」何度も聞かないで下さいよ、彼がしかめっ面を作った。

「あんたがあたしを」「しつこいっす!」これがいつもの彼だ。一安心である。
 

「確かめるがスチューデントセックスを断固拒否。あたしがどんなに押し倒そうと、最後は逃げてばかりだったあんたがあたしをお誘い?」

「うぐっ。そ、そうっすけど」

「もう一度確かめるがスチューデントセックスを断固拒否。あたしがどんなにキスを仕掛けてその気にさせようとしても、結局は逃げるあんたが誘ってるって?」

「だ、だからそうだと」


「更にもう一度聞くが「ギャァアアア繰り返さないで下さいよ!」

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