メリアと怪盗伯爵

「どこか、怪我をしているの・・・?」
 メリアがそう訊ねたが、男からの返答は無かった。
 
 とは言え、いつまでもここでこうしている訳にもいかない。
「はあ」と小さく溜息を溢すと、メリアはゆっくりと立ち上がりかけた。

「近くに・・・、少しの間身を隠せる場所は無いか・・・?」

 立ち上がりかけたメリアの手を、男はぎゅっと握り締めてきた。
「!?」
 驚いて声を上げそうになるのをぐっと堪え、メリアは目の前の大怪盗の手の温もりを
自らの手の平に感じていた。
 
 仮面越しに、男の目はメリアを見つめてくる。仮面で表情が読み取れないが、きっとひどく顔色が悪いに違い無い。

「屋敷の地下に・・・、今は使われていない物置部屋があります・・・」

 そう答えた自分自身に、メリアはひどく驚いていた。
 真面目な彼女ならば、本来迷うことなく警察に通報し、彼の身柄を引渡していただろう。が、今回ばかりはどうしてかそんな気にはなれなかった。
 仮面越しの彼の目が、悪い人間ではないと直感したのもあるかもしれない。いや、さっき見たあの不思議な夢の中の青年が、この男と重なって見えたのかも。

「君には一切危害を加えないと誓う・・・。道案内を・・・。今夜一晩・・・、いや、数時間身体を休められるだけでいい・・・」
 痛みを堪えながら、男は息も切れ切れにそう話した。

「・・・ついて来て・・・」

 どうしてこんな行動をしてしまったのか、メリア自身全く理解できないでいた。
 だが、なぜか仮面越しの彼の目を見た途端、胸が高鳴ったのだ。
 握られた手は、薄皮の手袋ごしとは言え、とても逞しく温かい。


 しかし、この出会いこそが、後のメリアの運命を大きく変えることになろうとは、彼女自身想像だにしていなかった・・・。

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