空しか、見えない
「何してるの?」

 純一は音を立てぬよう、クローゼットからスポーツウエアを取り出そうとしていた。
 婚約者の由乃がピアノ室で稽古を始めたので、ほんの1時間ばかり泳いでくるつもりだった。
 ただそれだけの、つもりだった。

「なんだ、レッスンをやめちゃいけないじゃないか」

「どこへ行くの?」

「ジムだよ。それが、どうかした?」

 長い髪をかきあげた由乃の目尻が釣り上がり、感情が高ぶっているのがすぐにわかる。
< 388 / 700 >

この作品をシェア

pagetop