空しか、見えない
「もちろん、僕も騒がないよう説得はしているんだけど。まるで聞かなくてね、困った話さ」

 後の話は、よく聞こえなかった。マリカの頭の中で、フランス語の翻訳機が壊れてしまった。彼の声は、ただ雑音になった。

「アロー、マリカ、訊いてる?」

「ウィ、ムッシュウ」

 マリカはふと我に返る。更衣室の鏡に映った自分の顔は、半分がフランス人で半分は日本人だ。そのせいで、子どもの頃はどこに行っても好奇の目で見つめられた。フランスへ行けば日本人だと言われ、日本にいるとフランス人だと呼ばれた。
 でも、泳ぎ終わった自分の顔は、鼻がぴかぴか輝いていて、子どもの頃よりどこか楽しそうにも見えた。
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