空しか、見えない
「えーよこーらい」

 佐千子は一生懸命、声を出した。ずっと前の方を泳ぐバディたちにも聞こえるように、そして、すぐ隣を心配そうに泳いでいる、のぞむに安心してもらえるように、できるだけ間の手を入れた。
 あの頃とすべてが同じわけではないのだと、のぞむに伝えたかった。自分は相変わらず臆病で、人生経験もろくに増えたわけでもないけれど、のぞむの知らないほんの小さな積み重ねを続けてきた。今日まで泳いだり、運転の練習をして、自分だって少しくらいは変わったのだと、佐千子は言いたかったのかもしれない。

――千夏のケーキ、まじ、うまいじゃん。

 初日の夕暮れ、千夏のケーキは、夕日を見ながら浜辺で食べた。
 環はそう言ってひとつ目のマカロンを食べ、すぐに次に手を伸ばした。

――ダックワーズ、好きなんだ。色も照りも、最高な加減じゃない?

 マリカもそう褒めた。
 千夏と菓子の箱を囲むようにして、銘々が褒めたとき、まゆみがその円の外で、そっと自分の分の菓子を、義朝のおしゃもじの上に並べていた。

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